ゴジラは体内に「熱核エネルギー変換生体器官」と呼ばれる生体原子炉を持っており、核分裂を起こすことで発生させるエネルギーで生命活動を行う。その際排熱処理は血液による液体冷却で行っているが、もしもこの排熱処理に不全が生じてしまうと生体原子炉が自動的に機能を停止し、ゴジラは全身の体温が急激に低下し、凍り付いてしまう。 本項目は映画『シン・ゴジラ』に関する重大なネタバレを取り扱っており、 221. 3.事前に自衛隊が設置した爆弾と米国海軍のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦から発射されたトマホークミサイルで周辺のビルを倒壊させ、ゴジラを下敷きにし動けなくする。 ゴジラがフェイズドアレイレーダー並の探知は出来ても質はわからないから 1.手始めにN700系新幹線に爆薬を搭載した「無人新幹線爆弾」でゴジラを攻撃して目覚めさせ、後述のビル爆破ポイントにまで誘導。 そう見せかけて凝固剤飲まされるところまで教授のシナリオ通りなのかもしれない, 防御面での進化は迎撃という攻撃面で行われてるから進化して兵器効かなくなるとかは無い気がする, 35: 2020/01/16 15:22:40

もともと期待してはいなかったのだが、まあ予想以上の駄作だった。しかも、一回見ただけで、なぜこれが今の日本で大ヒットしたのか、またなぜ海外ではまったく相手にされなかったのかまで分かってしまった。その意味では大変分かりやすい映画だったと言える。, 私がこう評価する理由は以下のとおり。ネタバレ満載なので、これから観るつもりの人は観終わった後で読んで欲しい。, なによりもまず、この映画には人間らしい人間が登場しない。主人公は一応矢口(内閣官房副長官)ということになるのだろうが、この矢口でさえ「頭の切れる理想主義者タイプの若手政治家」という設定をなぞっているだけで、それ以上の人間的な奥行きは感じられない。祖母が日本人だという米大統領特使のカヨコも、高圧的で耳障りな英語交じりの発言が聞いていてイライラさせられるだけ。主役級でもこれなのだから、その他大勢などまったく話にならない。要するに、この映画の登場人物たちは、単に話を進めるために割り振られた「役割」を演じているに過ぎない。, そして、全般にセリフが多すぎ、長すぎ、しかも平板な解説調で聞くに耐えない。これも、登場人物たちをストーリー(それもかなり無理のある)を進めるための道具として使っているからにほかならない。要するに、脚本の出来が壊滅的なのだ。, 最初の出現時の数倍の巨体となって再上陸してきた時点で初めてゴジラを自衛隊が迎え撃つわけだが、このときの戦闘シーンはほとんど兵器のカタログ展示に近い。順に、攻撃ヘリからの機関砲と誘導弾、10式戦車からの砲撃、さらには富士駐屯地からのロケット弾とエスカレートしていくのだが、いちいち兵器の名前が画面に表示され、ネトウヨ・ミリヲタに媚びたいという下心が丸見えだ。, この場面では、なにしろ動きの鈍い巨大な標的への「攻撃」なのだから全弾命中は当たり前。戦闘というより兵器のデモンストレーションと言ったほうがよく、緊張感などまるでない。もちろんゴジラにはどれも効かず、結局自衛隊は蹴散らされてしまう。しかし、ゴジラに通常兵器が効かないのは当たり前で、いわばこれはお約束の結果でしかない。自衛隊が勇ましく戦う様子とその兵器を見せられれば十分なのである。, その後、米軍からバンカーバスターによる攻撃を受けたゴジラは火炎放射とレーザーで都心部を焼き払う。絵的にはこのシーンがこの映画のハイライトだろう。しかし、はっきり言ってこれはナウシカの巨神兵シーンの焼き直しにしか見えない。別に、焼き直しでも元ネタを超えていれば問題はないのだが、シン・ゴジラのこれはナウシカには到底及ばない。, 終盤、東京の中心部で停止したゴジラに対して国連が核攻撃を加えようとするのを受けて、これを避けうる唯一の選択肢として示されるのが矢口の立案による「ヤシオリ作戦」だ。この「ヤシオリ」という作戦名はもちろん、出雲神話でスサノオがヤマタノオロチを退治したエピソードから取られている。毎年一人ずつ若い娘を食いに来るオロチを倒すため、スサノオは「八塩折の酒」(何度も繰り返し醸した強い酒)を用意させ、酒好きのオロチがこれをたらふく飲んで泥酔し、寝込んだところを斬り殺した。, ゴジラに「血液凝固剤」を経口投与して凍結させようという「ヤシオリ作戦」はこのスサノオの策略とよく似てはいるが、一つ大きな違いがある。それは、ゴジラにはそれを積極的に飲む理由などないことだ。, 作戦実行時の画像を見ると、東京駅の上に倒れたゴジラの身体はほぼ水平、むしろ頭はやや下がっている。この状態でゴジラの口に血液凝固剤をいくら注ぎ込んでも体内には入っていかない。エネルギー切れで倒れているゴジラがこれを飲み込むはずもなく、注いだ液体は単に口からダダ漏れになって終わりである。要するに、この作戦には実現性がまったくないのだ。, 加えて、どれだけ攻撃されても倒れなかったゴジラが電車の車両に爆薬を詰め込んだだけの列車爆弾で転倒するとか、うまい具合にポンプ車のアームが口に届く位置に倒れてくれて、周囲には車両の接近を阻むガレキもないとか、この作戦はご都合主義の極みである。東電の原発事故対応マニュアルみたいだと思ったのは私だけだろうか。, 一言でまとめれば、この映画が主張しているのは、強大なゴジラを知恵と努力で倒した「日本スゴイ」、ということに過ぎない。今や毎日のようにテレビから垂れ流されている夜郎自大な自惚れメッセージと同じなのだ。おまけに、苦しいところでドイツがスパコンを貸してくれたり、核攻撃の期日を延期するようフランスがとりなしてくれたりと、「世界に愛されるニッポン」妄想までトッピングされている。, 残念ながら、このような閉鎖的で自己愛的な内容だからこそ国内では大ヒットを記録したのだろう。そして、同じ理由で、一歩日本から外に出るとまったく相手にされなかったのだ。, (略)しかし、フタを開ければ台湾、香港といったアジアで不発、北米では大規模ではない都市型興行だったが、ランキングで初登場19位も翌週から36位⇒59位と急降下。最終的に興収も約2億1000万円程度と、話題にすら上らなかった。さらにゴジラになじみの薄いヨーロッパではスペインで何とか公開にこぎつけたが、なんと約91万円という残念すぎる売り上げ。つまり、ほとんど話題になっていない。(略), こんな幼稚な映画が熱狂的に支持されてしまう社会の劣化こそが、日本にとってゴジラ以上の脅威なのだと言わざるをえない。, おはようございます。あまりにシンゴジラが酷いから、海外の映画配給会社の人がこうなったのでしょう(笑) pic.twitter.com/M9dN7Ux2Kv, 同じ「ゴジラ映画」範疇の作品としては、これの一つ前にあたるギャレス・エドワーズ監督のハリウッド版「GODZILLA」がお勧め。「シン・ゴジラ」とは違い、こちらのゴジラは政治屋や軍人を引き立てるための道具などではない。いや、この「怪獣王」は、そもそも人間など眼中にない。, もう一本は、やはり宮崎駿の「風の谷のナウシカ」。こちらについては解説自体不要だろう。, そして、映画版のナウシカを観たあとは、漫画版のほうもぜひ読んでみてほしい。映画版の内容が物語のイントロに過ぎなかったことに驚くだろう。, ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット 「トルメキア戦役バージョン」 (アニメージュ・コミックス・ワイド版), Vergil2010さんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog シンゴジラはこれでもリアル寄りだから核で滅却は効いてくれる感じする 本日11月26日は シン・ゴジラの劇中にて ヤシオリ作戦 が展開された日なので ヤシオリ作戦に関するツイートを・・・,本日11月26日はシン・ゴジラの劇中にてヤシオリ作戦が展開された日なのでヤシオリ作戦に関するツイートをまとめてみた。 天罰を下す神じゃなく試す神。, 生物としてのゴジラはとっくに死んでてガン細胞みたいなのが勝手に動いてる感覚で見てる, 3度目の核の実戦使用を日本国内でやるのは避けたいでもゴジラもは倒さなければならないって言うジレンマが面白いよね, 進化速度が速いのはいいけどレーダーだの熱線だの効果的な手段をピンポイントで獲得するのは一体…, サンプルとって核でふっ飛ばすのが世界にとって一番穏便だったかもしれないけど日本としては冗談じゃないよね, じゃあヤシオリ作戦通った後は成否に関わらずカウントダウン切っても核迎撃されるんじゃ……, 元教授はあくまでゴジラの出現を予想してただけでゴジラを生んだわけじゃない…はずだ!, 10回ぐらい見て思ったけどランドゥー・ヤグチは第四形態出てきたところまではワクワクしてるように見える, 『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS MFS-3 3式機龍 改 プラモデル』が予約開始!, 【S.H.モンスターアーツ】『ゴジラ (2019)』『キングギドラ (2019)』が予約開始!. 以上を踏まえ、閲覧は十分注意してください。, 劇中終盤の11月26日午前8時、ゴジラに対抗するため自衛隊、米軍、その他協力組織によって展開された大規模作戦。 薬は注射より飲むのに限るぜ、ゴジラさん!&結城スペシャル:本作戦の元ネタ. 5.万一ゴジラが暴れ出した際に備え、E231系およびE233系在来線車両に大量の爆薬を搭載した無人在来線爆弾と特殊建機中隊第2小隊、第3小隊が控える。, 特殊建機小隊第1小隊の血液擬固剤投与中にゴジラが暴れ出して放射火炎をぶっ放し、同小隊が壊滅するというアクシデントが起こったものの、無人在来線爆弾によって再度ゴジラの動きを封じ、第2、第3小隊が全ての薬剤投与を成功。結果ゴジラの凍結にも成功した。 「シン・ゴジラ」のヤシオリ作戦って実は失敗だったんですか??凍結した時は尻尾は普通だったのに最後、人型のゴジラに分裂してましたよね。尻尾に関しては、作戦がもうちょっと遅ければあそこから大量のゴジラが分裂して飛び立ち世界中に… 『シン・ゴジラ』軍事考証担当が明かす「ヤシオリ作戦」の裏事情 . 公開前はゴジラが気の毒だと思ってた, 元が海底の生物で人間一人の思惑に利用されるとかかなり矮小な存在なのにそこが神らしくていい!とか随分ご都合っすね。リアル寄りとか適当に謳ってりゃなんでも持ち上げんのかよ。, >セスナやヘリでもよかったのに だがこの作戦によってゴジラの凍結には成功したものの、ゴジラが完全に死亡したのかどうかは不明である(クライマックスで、登場人物が「今後もゴジラを監視し続けていく必要がある」と話していたことから、あくまで仮死状態に陥っているだけで、完全には死亡していない可能性が高い)。 このシステムの欠陥を利用し、血液擬固剤を大量にゴジラに注入して凍り付かせようという矢口蘭堂発案の作戦「矢口プラン」を基に里見祐介臨時内閣総理大臣承認の元、実行された。 ブログを報告する.

はじめに この文章は、シン・ゴジラとはどのような物語だったのか、をテーマとしたものです。 ... ヤシオリ作戦がもし失敗 ... 2019/05/22 18:19. 2016年に公開された映画『シン・ゴジラ』。『新世紀エヴァンゲリオン』でおなじみの庵野秀明氏が総監督と脚本を担当したことが大きな話題となりました。 実は『シン・ゴジラ』は、トリビアや小ネタが多いことでも人気です。今回は15個のトリビア・小ネタを厳選してお届けします。 2017.11.15. この文章は、シン・ゴジラとはどのような物語だったのか、をテーマとしたものです。ネタバレ全開なので注意してください。, 執筆のためイムログさん(ツイッターアカウント:@Imrogfada)と長時間にわたるディスカッションを行い、多大なヒントをいただいた結果、実質的には二人の合作というべき内容になっています。そのほか、ツイッター上で多くの方々からいただいた助言も参考になりました。記憶に頼って書いているのでセリフまちがいなどはあるでしょうが、大筋はこれで正しいはずです。, 映画の後半で、カヨコ・アン・パタースンはアメリカを代表して矢口蘭堂に、ヤシオリ作戦のため無人航空兵器を提供する意志があると伝える。ゴジラは米軍機の大型貫通爆弾にダメージを受けて以来、接近する飛行物体を光線で無条件に撃ち落すようになっていた。この習性を利用して、無人機相手に光線を撃ち尽くさせ、事前にゴジラを弱らせようというわけだ。, カヨコは、米軍から日本に協力したいという申し出があったのだと述べる。「この国は、好かれているわね」というカヨコ。願ってもない話だから、矢口は承諾する。, ヤシオリ作戦がもし失敗すれば、ゴジラへの核攻撃は予定通り決行されることになっていた。この核攻撃はミサイルで行う予定だったらしい。ゴジラは当然、光線でミサイルを撃ち落そうとするだろう。これを予防するため、アメリカ側はなんらかの手段を用意していたはずである。, つまり無人機でゴジラに光線を撃ち尽くさせる作戦は、もともと核攻撃の前段階として、ヤシオリ作戦とは無関係に予定されていた可能性が高い。, 矢口に無人機提供を申し出る直前のシーンで、カヨコはアメリカの政治家らしき人物と会話している。矢口に肩入れするカヨコに、彼は言う。このままでは核攻撃を主張する主流派の反発を招く。カヨコのキャリアにも傷がつき、四〇代で大統領となる夢は潰えてしまうだろうと。, カヨコとしては、ヤシオリ作戦は支持したいけれど、出世コースを外れるのは困る。そこで主流派をなだめるため、無人機作戦をヤシオリ作戦に組みこむという案を考えたのではないだろうか。, この案で、アメリカは次のようなメリットを得られるからだ。すなわちヤシオリ作戦が失敗すれば即座に核攻撃に移れるし、成功しても日本に貸しを作ることができるのである。またカヨコは矢口に無人機提供を申し出るとき、費用は日本が受けもつという約束を交わしているから、アメリカが金銭的な損失を負うこともない。, ヤシオリ作戦成功後、カヨコは上機嫌で矢口に、わたしが大統領になったとき、あなたが総理なのがベストだと言う。カヨコの政治的駆け引きはうまくいったのだろう。すると矢口は、傀儡だろ? といささかげんなりした様子で答える。, おそらく矢口はカヨコに利用されていることを知っていたのだ。それでもヤシオリ作戦の助けになるならと、彼はあえて無人機提供の話に乗ることを選んだのである。, このくだりにかぎらず、「シン・ゴジラ」ではことあるごとにアメリカと日本の関係がクローズアップされる。劇中の人物たちは、しばしば日本を「この国」と呼ぶ。カヨコの「この国は好かれているわね」というセリフもその一つだ。いっぽうで、アメリカはくりかえし「かの国」と表現される。日米の対比が重要なテーマであることを暗示するためだろう。, 「シン・ゴジラ」が描く「この国」――日本は、集団による意思決定システムの国だ。映画の前半では「巨大不明生物」に対処する日本政府の姿を通して、意見をすり合わせるために会議をくりかえす集団意思決定の面倒くささがコミカルなほど強調される。ゴジラという災厄を前に、災害対策本部を設置するかどうか決定する会議を開かなければならないシーンが典型だ。, 映画前半で、主人公の矢口官房副長官は、政府のこうしたあり方にいらだちを隠さない。冒頭の会議では、気が急くあまり唐突に場を仕切ろうとして周囲に唖然とされる。またゴジラ被災地の惨状を前に「二時間もあったのに、対処が遅れて残念です」と、閣僚たちを責めるような発言をしたりもする。, そんな彼の前にあらわれるのが「かの国」――アメリカの大統領特使カヨコだ。アメリカは劇中で、日本とは対照的な決断力ある国として描かれる。カヨコは矢口に、ゴジラへの対応について「わたしの国では大統領が決める。あなたの国ではだれが決めるの?」と言う。日本政府のもたもたした意思決定を揶揄しているのだろう。, はじめのうち、矢口のいらだちはそれなりに正しく見える。彼は政府内で最初に東京湾の水蒸気噴出が生物の仕業である可能性を示唆した、大胆な発想と鋭い直観の持ち主だ。いっぽう政府のゴジラ対策は後手後手に回り続ける。日本の集団意思決定システムは、未曽有の事態を処理できるだけの機動力を欠いているかに思えてしまう。, しかし、再上陸して都心に向かうゴジラに、アメリカが空爆を決意する時点で物語の流れは変わる。ここから、今度は決断力ある国アメリカの冷酷さ、横暴さが強調されるのだ。シン・ゴジラは日米の統治システムを、どちらも長所と短所をもつものとして描き、優劣をつけてはいない。, アメリカは大使館を守るという名目で、日本の承諾を待たずさっさと戦闘機を東京に向かわせる。日本政府が知らされた想定被害区域は、予想を超える広範囲に及ぶものだった。あわてて都民とともに避難する閣僚たち。しかし米軍の攻撃で暴れだしたゴジラは、総理らの乗った避難用ヘリを光線で撃ち落す。日本は閣僚の大半を失ってしまったのだ。, アメリカはその後、国連安保理でゴジラへの核攻撃を決議させる。この件について官房長官代理の赤坂が「ここがニューヨークでも、彼らは同じことをするそうだ」と述べているのは興味深い。このセリフは、劇中で問題にされているのがアメリカの対日感情ではなく、アメリカのもつ冷徹な決断力であることを強調するためのものだろう, 話を閣僚たちが死んだ直後に戻そう。甚大な被害の重荷を背負う立場となった矢口は情緒不安定になっていく。総理も官房長官もいなくなってしまって……と嘆く志水秘書官相手にヒステリーを起こし、いなくなった者をあてにするな!と怒鳴る。友人の泉に「まず、君が落ち着け」と諭され、彼はようやく自分を取り戻す。, この一件で、矢口は変わる。先達の耐えていた重責を知り、自分が守られていたことに気づいたのだ。, 矢口が不安定になったのは、言葉とは裏腹に、彼自身が今は亡き閣僚たちを心の底で頼っていたからだろう。ゴジラの犠牲者には、矢口の直属の上司で、彼を引き上げた人物である東官房長官も含まれていた。東は旧内閣がゴジラに対処する際、穏健派の大河内総理と強硬派の花森防衛大臣の仲をとりもつなど、細かい気配りを見せていた人物だ。おそらく暴走しがちな矢口をかばうためにいままで骨を折ってきたのではないだろうか。, もともと矢口は、強いリーダーシップで他人を引っ張れる人物ではない。一途すぎて不器用なのである。上にはしばしば生意気をいうくせに、下との意思疎通もさほど得意ではない。, 巨災対が結成されたとき、矢口は新しい部下たちに、ここでの発言は人事査定の対象とならないから上下関係を気にしないようにと言う。しかし矢口の言い方は堅すぎるので、部下たちはいまいち意図をつかめない。厚生労働省の森課長が、巨災対はそもそも出世と無縁なはぐれ者や変わり者の集まりだから好きにやっていい、とかみ砕いた説明をしているのはそのためだ。, 森課長との関係からもわかるように、矢口はむしろ周囲に支えられるタイプなのである。政治的手腕はつたないが、その情熱や理想は本物だ。だからこそ、矢口のまわりには味方をしてくれる者たちが現れる。, 周囲の助けあってこその自分なのだと気づいた矢口は、日本の集団意思決定システムを――全面的にではなくとも、ある程度は――受け入れていく。, 映画後半で、カヨコは矢口に「この国では、好きにするのは難しい」と言う。このセリフは「あなたの国ではだれが決めるの?」と同じく、日本型システムを揶揄したものだ。しかし今の矢口はカヨコに、「ぼく一人ではね」と答えることができる。彼は多くの人が協同するからこそなせることもあると学んだのだ。このセリフに続くのは、泉と赤坂が里見総理代行に矢口プランを提言するシーンである。, さきに触れたように、この映画は日本とアメリカのシステムに優劣をつけているわけではない。牧悟郎元教授をめぐるエピソードからも、それはうかがえる。, 牧こそは、このゴジラ騒動を引き起こした張本人であるらしい。彼の失踪と同時に、水生生物だったゴジラは巨大化し、上陸して変態を重ねる。以前のゴジラは放射性廃棄物を食べていたが、上陸後のゴジラは食料を必要としない完全生物だ。こうした変化は、牧によってもたらされたものだろう。, 放射線障害で妻を亡くした牧は、放射性物質を作り出した人類、そして妻を見殺しにした日本を憎んでいたという。放射能をまき散らしながら日本に上陸する完全生物ゴジラは、彼が復讐のために作り出した存在なのかもしれない。, しかし牧は奇妙なことに、人類に災厄をもたらしつつ、それを解決する鍵をも提示した。ゴジラの元素変換細胞膜を抑制する極限環境微生物の分子構造データだ。この微生物こそがヤシオリ作戦を成功させる最後の鍵だった。矢口はカヨコに、牧は人間を試したのかもしれないと述べる。ゴジラの上陸と進化は、牧にとって一種のゲームだったのだ。, 牧は「私は好きにした。君らも好きにしろ」というメッセージを残している。「私は好きにした」とは、ようするにゴジラを進化させたことだろう。では「君らも好きにしろ」とはどういう意味だろうか。, 巨災対の間准教授によれば、完全生物ゴジラを倒すには二つの手段しかない。核による細胞すべての滅却か、ヤシオリ作戦で行われた血液凝固剤による原子炉の停止と凍結である。人類がゴジラと戦えば、早晩この二つの選択肢に追い込まれることになる。だから、どちらか好きなほうを選べばいい、と牧は言っているのだろう。, もちろん放射性物質を憎んでいた牧が、核攻撃に好意を持っていたはずはない。あきらかに極限環境微生物を利用したゴジラ凍結こそが、牧にとっての正解だったはずだ。, だとしても、牧はなぜゴジラ凍結を実現できるかどうかで人間を試せると考えたのか? という謎は残る。たんに解析表の謎が解けるかどうかの知恵比べをしたかったのではあるまい。極限環境微生物のデータには、牧にとって重要な意味があったはずだ。, 問題は、データが残されていた場所にある。カヨコは、米国エネルギー省に残された牧のデータは意図的に歯抜けにされていたと説明している。牧の遺品から見つかった図面と合わせたとき、完全版になると。この遺品は東京湾のボートにあったものだろう。つまり日米が手を組んで情報を共有できたときのみ、極限微生物の分子構造が人類に与えられる仕掛けになっていたのである。, 牧の悲願は、国際協調だった。日米は協同してゴジラの危機に立ち向かえるか、それともアメリカによる日本への核攻撃という過去の悪夢をくりかえすのか。牧はそれを試したかったのだ。, 映画の結末で、日本は外交手段を駆使して核発射を延期させ、ぎりぎりのタイミングではあったがゴジラ凍結に成功する。すると人類は、牧のテストをクリアすることができたのだろうか?, しかし本稿冒頭で触れた無人機提供のエピソードからもわかるように、日米の協力体制は騙しあいをはらんだものでしかない。また凍結されたゴジラが動き出せば核攻撃のカウントダウンは再開される。ゴジラの尻尾にみられる繁殖の兆しは、国際協調の困難さ、危うさを表しているのだ。だから矢口はラストで、「まだ終息には程遠いからな」と語るのである。, 「たとえニューヨークであっても同じ選択をするそうだ」は、ゴジラ84に登場するセリフのオマージュだということです。この点については僕の深読みだったようです。, シンゴジ僕も見ました!!第二形態がとにかく面白かったですね!!。昔の庵野映画LOVE&POPテイストはあんまなくて少し残念でした。福島原発の事故と日本の核攻撃を重ねてるんでしょうかね。片岡球子さんの絵が飾られてたのは面白かったですね。この国って表現が我が国とは異なる点も面白いですね。.