西武鉄道株式会社(せいぶてつどう、英: SEIBU RAILWAY Co.,Ltd. グッドデザイン・ベスト100に続き、受賞しました”, https://web.archive.org/web/20200525051549/https://www.seiburailway.jp/news/news-release/2019/20191101Laview_gooddesigngold.pdf, “半世紀以上の歴史を持つ、世界的に権威のあるデザイン賞 001系Laview が「iFデザインアワード2020」を受賞! オリジナルシナリオ・キャラクターでお送りする西武鉄道で行く、新しい体験!音で楽しむ物語「ミエナイキズナ」が登場, 「西武鉄道×『MIX MEISEI STORY』×埼玉西武ライオンズ コラボ記念乗車券」を発売します。, 新「西武線沿線サミット協定」豊島区、埼玉の2市町加え締結/観光推進、文化交流で連携へ, https://web.archive.org/web/20140714163051/http://www.seibu-group.co.jp/railways/news/news-release/2014/__icsFiles/afieldfile/2014/07/09/20140709keikyuseibu.pdf. 〜30000系・40000系に引き続いて受賞となりました〜”, https://web.archive.org/web/20200707122313/https://www.seiburailway.jp/news/news-release/2019/20190823kidsdesign13_Laview.pdf, “2019 年度グッドデザイン賞において001系Laview が 「グッドデザイン金賞」(経済産業大臣賞)を受賞!! なお、グループ再編前の1980年代(コクド資本下)より旧プリンスホテルと西武交通などの利用に限定されたハウスカード「プリンスカード」が存在しており(旧日本信販などと提携)、従業員関係者や西武グループの上得意客向けに限定されて発行されていた。2005年4月にクレディセゾンと旧プリンスホテルが提携した「プリンスカード《セゾン》」が一般向けにも募集されるようになったが、「SEIBU プリンスカード」とはサービス面で関連性が無く、新たに新規申込する必要が生じた。, 2012年10月および2013年3月、親会社西武ホールディングスの大株主である外資ファンド、サーベラス・キャピタル・マネジメントは、大規模なリストラ案を株主提案した。具体的には不採算5路線(多摩川線・山口線・国分寺線・多摩湖線・西武秩父線)の廃止、埼玉西武ライオンズの売却、プリンスホテルのサービス料の値上げ、品川駅周辺の再開発案の策定とされる[9][10]。これに対し西武が拒否したため、2013年4月下旬を期限とする敵対的TOBへ発展した[11]。, なお、2013年3月21日の報道でサーベラスは、「路線廃止や球団売却などを強要したことはない」と否定している[12]。また、沿線自治体(特に西武秩父線沿線)からは路線の存続を求める声も上がっており、若林久社長は埼玉県秩父市に対して「公共交通機関なので守る」と説明している[13]。, もともと西武軌道が使用していた社章で、西武の"西"をモチーフにしたもので、野球のボールに似た形をしている。2007年4月1日に西武鉄道とその子会社の社章が新社章に変更されたため現在の西武鉄道では使用されていないが、一部既存車両の側面にまだ旧社章が取り付けられている形式が存在する。しかし、これも現在徐々にではあるが車体更新に併せて取り外しが進行中である。, 新生西武鉄道を象徴する一環として2007年4月1日から使用が開始されている。西武鉄道のシンボル。旧社章と同じように、西武の"西"をモチーフにしている。それぞれマークの形の意味として、2つの輪は、様々なものが鉄道によって出会いつながる姿を、果実のようなデザインは、交流によって生まれる「実り」=「地域・社会の発展」を表現。カラーリングでは、グリーンで「自然との調和」、濃いブルーで「信頼」と「安心・安全」、明るいブルーで「新しいことへの挑戦」をイメージしている。2008年4月からは既存車両側面に表示されるようになり、同時に西武鉄道の制服もリニューアルされるなどして、多くの場所でこの社章を見かけるようになった。なお、社名ロゴのフォントも制定・変更され、「SEIBU」という英文表記もされるようになり、同社の広告に記載されたり、シンボルマークとともに全営業車両の先頭車両乗務員室扉横(8500系は車端部)に貼り出されたりした。ただし、近年、英文表記はあまり使わなくなり、同社が発行する広報誌『西武鉄道かわら版』の表紙には2013年度以降、記載されなくなった。また、2014年4月の消費税率変更時に運賃表を貼りかえた際、一部駅の運賃表下にあった「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更され、駅のリニューアル工事後の駅入口看板も同様に変更されている。さらに、2013年度以降導入の30000系、近年に検査入場した車両、フルラッピングで車体色が変更された車両は、「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更されている。, 西武鉄道は、現在の池袋線系統の路線を開業した武蔵野鉄道が、新宿線系統の路線を開業していた西武鉄道(旧)を合併してできた会社である。, 武蔵野鉄道は、1911年(明治44年)10月18日に鉄道免許を取得し、1912年(明治45年)5月7日に設立、当初は巣鴨駅を起点とする計画であったが、東京府が池袋駅を起点にするよう指示したため、1913年(大正2年)4月に計画を変更。1915年(大正4年)4月15日に現在の池袋線の一部である池袋駅 - 飯能駅間を開業した。1922年(大正11年)に池袋駅 - 所沢駅間、1925年(大正14年)に飯能駅までの全線を電化し、1929年(昭和4年)9月10日に吾野駅まで開業させた。なお西武豊島線は1927年(昭和2年)に、狭山線は1929年(昭和4年)に開業している。, 一方、1924年(大正13年)に箱根土地(後のコクド。現在のプリンスホテル)が武蔵野鉄道沿線の東京府北豊島郡大泉村に大泉学園都市の分譲を開始。武蔵野鉄道に東大泉駅(現在の大泉学園駅)を建設した上で寄贈する。翌1925年には武蔵野鉄道の株式を取得した。また、箱根土地は1928年(昭和3年)、村山貯水池(多摩湖)および小平地区一帯を開発すべく、多摩湖鉄道を設立。4月6日に国分寺駅 - 萩山駅間を開業し、1936年(昭和11年)12月30日に村山貯水池まで開業させ、全通した。, 1932年(昭和7年)に箱根土地社長の堤康次郎が経営危機に陥っていた武蔵野鉄道[14] の株式を買い集め、再建に乗り出す。1934年(昭和9年)8月28日、武蔵野鉄道は鉄道抵当法に基づく強制執行が実施され、運賃収入が強制管理人に差し押さえられる(1937年〈昭和12年〉まで)。, 1935年(昭和10年)1月21日からは、9か月分の電力料金17万円滞納を理由に東京電燈から制限送電を受け、最大5600kwを必要とするところを4000kwしか受電できなくなった。通勤時の輸送能力が激減して混乱を招いたため、東京電燈側は沿線住民に対して制限送電を行う経緯を記した文書を配布し理解を求めた[15]。経営は一層苦境に立たされるが、1936年(昭和11年)に武蔵野鉄道と債権者の間で和議が成立する。1938年(昭和13年)、大口債権者である東武鉄道の初代社長初代根津嘉一郎らがようやく債務免除に応じ、経営再建に道筋をつけた。, 1940年(昭和15年)3月12日、武蔵野鉄道は同系の多摩湖鉄道を吸収合併する。10月、堤は根津および浅野財閥(元々の親会社)から株式を取得して過半数を確保し、社長に就任した(長年、西武鉄道株式のうち約45%を箱根土地の後身会社であるコクドが保有していて、他に西武建設の保有分を合わせると関連会社による持分が過半数を占めていたのはこの一件に由来するものである)。, 西武鉄道(旧)は川越鉄道に始まる。川越鉄道は、甲武鉄道の関連会社として1892年(明治25年)8月5日に設立され、1894年(明治27年)12月21日に現在の西武国分寺線である国分寺駅 - 久米川(仮)駅(現在の東村山駅)間を開業させた。さらに、川越鉄道は1895年(明治28年)3月21日に、現在の西武新宿線の一部である久米川(仮)駅 - 川越駅(現在の本川越駅)間を開業させた。その後、1920年(大正9年)6月1日に武蔵水電に吸収合併された。武蔵水電の前身は、1906年(明治39年)4月16日に川越久保町駅 - 大宮駅間を開業させた川越電気鉄道である。合併後、川越久保町駅 - 大宮駅間の路線は川越東線となった。, 1921年(大正10年)10月、武蔵水電は同年に淀橋町角筈 - 荻窪村間を開業させていた西武軌道を吸収合併した。「西武」の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった(ただし、6000系・10000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部を除き2009年時点でもその旧社章を使用していたが、更新工事を施工した車両では取り外されている)。翌1922年(大正11年)6月1日に武蔵水電は帝国電灯に吸収合併されたが、帝国電灯は鉄軌道部門を切り離し、武蔵鉄道として独立する。同社は、同年8月15日に西武鉄道(旧)に社名を変更した。また、川越久保町 - 大宮駅の路線は大宮線となった。, 1925年(大正14年)、安比奈線南大塚駅 - 安比奈駅間を開業。1927年(昭和2年)4月16日に東村山駅 - 高田馬場駅間を複線で開業。同年8月30日には、現在の多摩川線を開業させていた多摩鉄道を吸収合併した。同年には、東村山駅 - 川越駅間を電化し、高田馬場駅 - 川越駅間の直通運転を開始した。, 1935年(昭和10年)12月27日、西武軌道線(淀橋町角筈 - 荻窪村間)を東京乗合自動車に委託した。委託後、同区間を譲渡(1951年)するまでの歴史は、「都電杉並線#歴史」を参照のこと。, 1941年(昭和16年)、前年に川越線の開業に伴い休止していた大宮線を2月25日に廃止した。, 1944年(昭和19年)6月、第二次世界大戦下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。, また1944年には、東京都からの委託によって糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで湾岸へ運び船で東京湾へ捨てていたが、人手不足とガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで東京都長官の大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、「汚穢電車」[16]「黄金電車」「黄金列車」などと呼ばれた。, この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,000石の糞尿全てを処理できるように構想を立てた。専用貨車を115両新造して輸送能力を1日20,000石に上げるとともに、両鉄道沿線の数十箇所に糞尿貯溜槽を置き、約271,000石の糞尿をためられるようにする。そして輸送は主に深夜に行い、その帰りは貨車の上に特設台を設置し、都内向けの野菜を運搬しようというものであった。, しかし衛生面などで問題が続出し、糞尿輸送は次第にその輸送量を減らして行った。書類上は1953年(昭和28年)3月30日までの契約であったが、実際には1951年に輸送が休止して以降、再開されないままの廃止で、堤の輸送拡大構想は結局実行されないまま終わった。, なおこの糞尿輸送が行われている最中に武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が合併しているが、社名に「農業」を付して「西武農業鉄道」とした由来はこのようなことにある。, 戦後、西武鉄道の復興は他社に比べ目覚ましいものだった。大手他社が国鉄モハ63形の割当てにより体制を整えようとしている中、西武鉄道では国鉄の戦災車や事故車、これらが枯渇すると老朽廃車となった木製車を大量に譲り受け、自社(当時は復興社のちに西武建設経営)の所沢車両工場で改造、修繕や木造車体の鋼体化を実施した。これにより、モハ63形新製割当ての見返りに従来車を地方私鉄に供出する義務から解放され、輸送力増強を成し遂げたのである[注 1]。国鉄の改造車ばかり走っていたことから、利用者からは「第2の国鉄」とまで呼ばれていた。徐々に車両数が増えると車体を新造するようになったが、台車や機械類は国鉄から譲り受けたものだった。, しかし、1954年(昭和29年)からようやく車体の完全新造が始まった。この時、登場した351系(登場当時501系)はこれから長きにわたる西武電車の基本デザイン「湘南デザイン」を確立した。この時の西武線を走っている電車と言えば、雑多な形態の電車を連結して、武蔵野台地を駆け巡るという印象が強かった。戦後の西武鉄道の方針は「質より量」で、車両の高速化はいち早く実施されてはいるものの他社では1950年代中盤(昭和20年代終盤)から登場したいわゆる高性能車の導入はせず、他系列との併結を考慮し性能の統一化を図ることから、一貫して旧来の吊り掛け駆動の増備を続けていたため「見せかけの新車」と揶揄されていた。その後登場した西武初の高性能車とも言えるカルダン駆動の601系・701系電車にしても、旧来の吊り掛け駆動車との併結が前提で、機能的には動力伝達方式をアップデートしただけであり、吊り掛け駆動車と併結することによってカルダン駆動本来の性能を発揮できていなかった(詳細は各系列の記事を参照)。電動車の台車は新製されるようになったものの、付随車の台車は国鉄から譲り受けた旧式な釣合梁式のTR11系の改造品であった。従来車との混用を考慮しない、電気制動を可能とした真の意味での高性能車が導入されたのは、西武秩父線開業を控えた、実に1960年代終盤(昭和40年代中盤)のことであった。, 1963年(昭和38年)11月1日からは、他社ではまだ6両編成が最長で、しかも18m級車両で編成を組んでいた時に、西武鉄道では池袋-所沢間に日本の私鉄で初めて10両編成を走らせ、単位輸送力を確保した。乗車率が最大で200%を軽く超えていた時代のことであり、西武鉄道の「質より量」という方針が初めて結果につながった瞬間となった。, 1969年(昭和44年)には自社のイメージの確立に乗り出し、現在でも利用者の西武鉄道のイメージである「黄色い電車」の第1号となる101系[注 2] が登場する。その後101系で冷房試作車が登場、翌年集中式冷房の採用が決定したのをきっかけに在来車両の高性能化[注 3] および冷房化が急ピッチで施行されるようになった。この過程で、1977年(昭和52年)には西武鉄道で初の本格的な4扉車かつ界磁チョッパ制御・回生ブレーキを採用した2000系も登場し、省エネルギー化や乗降時間短縮にも貢献するようになった。1985年(昭和60年)3月末現在の電車保有数は912両で、うち97%が高性能車、冷房化率も91%で関東大手私鉄中第1位に位置するようになり、20年前の「質より量」と言っていた西武鉄道と比較すれば一転したことがわかる[17]。戦後、復興の際の経営戦略が非常にユニークで他鉄道会社と異なっていることから、現在の沿線イメージ、会社イメージ共に他の関東圏私鉄と比較するとやや異質の存在として見られていることが多い[18]。, 他の大手私鉄では昭和20年代に東京都心部(主に東京駅・有楽町など)への路線延伸申請を競い合うように行なったが、西武はその動きとは一線を画した。, 1986年(昭和61年)に西武鉄道本社は東京都豊島区から埼玉県所沢市へと移転した[19]。同時に西武グループ本社も移転している。東京都区部に路線を持つ鉄道事業者は現在も都区内に本社を置く場合が多いが、このように中心機能を東京の中心地から離した例は、他に東京都新宿区から多摩市へ移転した京王電鉄や、2013年に本社を東京都墨田区から千葉県市川市へ移転した京成電鉄がある。本社移転の狙いは、主要路線が2本交わる所沢駅を中心とした都市開発を行って沿線の開発・活性化を図ることや、沿線や輸送サービスの実態確認の容易化のためである(京王電鉄や京成電鉄の本社移転も同様の理由である)。, 2017年(平成29年)1月16日、西武ホールディングスは都心事業の展開を強化する目的で、2019年春にかつての本社所在地に建設するビル内に本社を移転した上で入居することを発表し、西武グループとしては33年ぶりに池袋の地へ復帰することになった[20] が、西武鉄道の本社は所沢市に残る予定[20]。, 現有路線の総延長・旅客営業キロは176.6kmで日本の大手私鉄では5番目に長い営業キロを持つ(東京地下鉄が発足し大手私鉄に加わった2004年4月以降)。成立や運転系統により、池袋線系統と新宿線系統におおむね大別できる。この池袋線と新宿線が西武鉄道の主要幹線であり、池袋駅が西武鉄道における最大のターミナル駅である。また、本線(池袋線・新宿線)系統から完全に独立した路線として多摩川線がある。, 池袋線と新宿線には、未だに開かずの踏切が点在する[43]。この状況を解消すべく地方自治体が主体となって、立体交差化に取り組んでいる。, 池袋線は、2015年1月25日に桜台駅 - 大泉学園駅付近までの高架化が完了した[44]。, 新宿線は、2016年現在、中井駅 - 野方駅間の地下化工事[45] と東村山駅付近の高架化工事がそれぞれ行われている[46]。, 西武鉄道の路線では西武有楽町線をのぞく全線でATSを使用している。このうち、新交通システムの山口線をのぞく全線では高周波連続誘導車上速度照査式ATSを、山口線では点制御による多情報変周式ATSをそれぞれ採用している。西武有楽町線では西武線で唯一のATCを採用している。, 山口線と西武有楽町線をのぞく全線で使用されている高周波連続誘導車上速度照査式ATSは、他のATSや初期型のATCよりも高性能な保安装置である。AF軌道回路を用いたATSは西武鉄道のほかに阪神電気鉄道・阪急電鉄・山陽電気鉄道・相模鉄道(現在は地上子使用の点制御によるATS-Pに移行して廃止)・西日本鉄道で採用例があるが、西武鉄道ではパターン式となっている。過去に西武線ではAM系自動空気ブレーキ車や貨物列車が走行していたことから、ブレーキ性能別に制御する必要があるためATS作動時には非常ブレーキがかかる。制限速度以下になると自動的に緩解する。分岐上では軌道によって信号を送ることができないため、ループコイルを使用している。JR福知山線の脱線事故を受けて、急な曲線、分岐器(ポイント)箇所等の制限速度に対しても、列車を自動的に減速、または停止させる機能を追加した装置への更新を行い、2010年6月に完了した。, 西武有楽町線で使用しているATCは、レールに設けられた軌道回路に先行列車の位置及び進路の条件に応じて作成されたATC信号(速度信号)を流し、車内では列車の許容最高速度を示す信号を連続して現示、その信号現示に従って列車の速度を自動的に制御する方式である。かつて乗り入れ先の有楽町線を含めた営団および後身の東京地下鉄各線や国鉄および後身のJR東日本常磐緩行線で使われていたCS-ATC(JR名称:ATC-4型)とほぼ同じものであるが、東京地下鉄では副都心線に新CS-ATCを採用し、有楽町線でも西武有楽町線と同一のATCから新CS-ATCへと変更されている。西武有楽町線は全駅の出発信号機が停止定位であり、このATCにより駅停車時に段階的に減速する。, 2005年に更新された新型自動放送は、担当声優は上りが豊田真由美・下りが関根正明が担当しているが[注 4]、多摩川線など駅の設備上の都合では異なる場合がある。, また、西武鉄道では一部駅をのぞいて独自の発車メロディを使用している。1994年2月に使用を開始し、最盛期には50種類が存在していた[49]。駅・ホームごとに異なっていて当初は主要駅にしか導入されていなかったが、その後は各駅停車のみの停車駅にも導入されている。しかし、種類は6種類まで絞り込まれている。私鉄の中では京阪電気鉄道や阪神電気鉄道などと並んで発車メロディの採用は早かった。一部駅では旧オリジナル発車メロディーを現在も引き続き使用している。ご当地発車メロディーとしてご当地ソングを採用した駅もあり、高田馬場駅は「マルコメCMソング」、上井草駅は「翔べ! TVアニメ『弱虫ペダル NEW GENERATION』×ポカリスエット×西武鉄道のトリプルコラボ決定! 総北と箱根学園、疾走感あふれるビジュアルが登場, 「アニメDIVE!!×DIVE! 国内の鉄道車両では、13年ぶりの受賞”, https://web.archive.org/web/20200524090249/https://www.seiburailway.jp/news/news-release/2019/20200214iFdesignaward_Laview.pdf, https://web.archive.org/web/20200609021540/https://www.jrc.gr.jp/files/BLpresslist_2020.pdf, “西武鉄道の車両としては50年ぶり「001系Laview」がブルーリボン賞を受賞 ー「現代の鉄道車両としての完成度が極めて高く、魅力あふれる車両である」と評価―”, https://web.archive.org/web/20200609031021/https://www.seiburailway.jp/news/news-release/2020/20200605_Laview_blueribbon.pdf, 「西武鉄道001系「ラビュー」新型車両を公開! レシップHD開発のチケット購入アプリ 養老鉄道が初導入 1日フリーきっぷ取り扱い開始 全国の事... マスク専門店が…駅のホームにまで進出! 運営スタッフが明かす、売れ筋商品からみる「当世マスク事情」. 西武001系電車(せいぶ001けいでんしゃ)は、2019年(平成31年)3月16日に運行を開始した西武鉄道の特急形 電車である 。 愛称は「Laview(ラビュー)」 CHICHIBU コラボによる秩父漫遊きっぷキャンペーン」を実施します!. 名古屋鉄道は10日、新型コロナウイルス流行の影響で、2022年度に予定していた名古屋駅前地区の再開発... 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