萩野 公介(はぎの こうすけ、1994年 8月15日 - )は、栃木県 小山市出身の日本の競泳選手。. new! Sorry, you have Javascript Disabled!

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現在JavaScriptが無効になっています。Yahoo!ニュースのすべての機能を利用するためには、JavaScriptの設定を有効にしてください。JavaScriptの設定を変更する方法はこちら。, アスリートが成長していくプロセスで不可欠なのが、競争相手である。いわゆるライバルだ――。, うまく、強く、大きい相手ほど、その存在価値は大きい。だが、両者のレベルがかけ離れていると、それは憧れでしかなくなってしまう。紙一重の実力を持ち、戦いのレベルは世界基準。瀬戸大也にとって、萩野公介は、まさにそんな存在だ。, ライバルであり、友人であるふたりが歩んできたライバル関係とは、どんなものだったのだろうか。その関係は、どのように変化しつつあるのだろうか。そして、瀬戸にとって萩野とは、どんなライバルなのだろうか。(ライター・佐藤俊/Yahoo!ニュース 特集編集部), 「自分のライバルは、海外の選手ではなく、国内の同級生なんですが、完全な敵でバチバチやりあうという感じじゃないですね。お互いを理解しあい、尊重しあって高めあえる存在であり、友人であり、世界で一緒に戦っていく戦友です」, ロンドン五輪では400m個人メドレーで銅メダル、リオ五輪では200m個人メドレーで銀メダル、400m個人メドレーで金メダルを獲得した世界のトップスイマーのひとりだ。, 「公介とは、日本での試合の時はふたりでの勝負になりますが、海外で世界と戦う時は本当に戦友みたいなんです。公介がいると落ちついてレースができるし、リラックスできる。不思議なんですが一緒にいるとすごく安心して戦えるんです」, ふたりは似た者同士ではない。瀬戸は明るい性格で感覚派、萩野は冷静沈着で理詰めで考えるタイプ。たとえば、強度の高い練習が翌朝からあるとする。その前日の夜、瀬戸は練習をがんばるために遠くても自分が好きなものを食べに行き、元気をつける。萩野は近場で食べられるものを食べて明日のために体を休めることを優先する。, しかし、世界に出ていくと海外の選手を相手に共闘し、ふたりで世界一を目指していく。ひとりを蹴り落として成り上がる感覚はないのだ。ともに世界のトップレベルで戦える力を持つ者同士にしか分からない、普通のライバルの定義を超えた関係が瀬戸と萩野の間にはあるのだ。, 萩野は当時から「天才スイマー」と言われ、瀬戸はなかなか勝てなかった。初めて萩野を破ったのは中2の時の400m個人メドレーだった。, 「公介は初めて同年齢の選手に負けたので相当悔しかったと思いますね。でも、当時からガチガチにやりあう感じはなかったですし、公介も『話しかけてくるな』みたいな感じはなかった。正直、いつからお互いをライバルとしてとらえ、付き合うようになったのか覚えていないですけど、お互いの感じはその当時からほとんど変わらないですね」, 高校生になり、日本のトップスイマーに成長したふたりはメディアにもよく取り上げられ、ライバル関係が注目されるようになった。, そう誓い合った2012年のロンドン五輪は、瀬戸が選考会で3位となり、萩野だけがロンドンに行くことになった。萩野は高校生ながら400m個人メドレーで王者マイケル・フェルプスに競り勝ち、男子個人メドレー種目では日本人初となる銅メダルを掲げた。瀬戸は、そのシーンを見た時、萩野が違う世界に行ったような気がして悔しくて仕方なかったという。, その一心でひたむきに今まで以上に水泳に集中した。その結果、13年の世界水泳選手権400m個人メドレーで優勝し、ロンドンの悔しさを晴らした。さらに14年の世界短水路選手権でも勝ち、瀬戸が萩野を一歩リードしたのである。, 「ふたりで国内はもちろん世界でも争って、決勝にいくと『さぁどっちが勝つんだ』っていう勝負ができる。それが最高に楽しいんですよ。そこで公介に勝つと本当に胸を張って喜べるんです」, 15年の世界水泳選手権は、ロンドン五輪以降、ともに積み重ねてきた力を試す最高の舞台だった。, しかし、直前のフランス合宿中、萩野が自転車で転倒して右ひじを骨折、世界選手権の欠場が決まった。瀬戸は「公介の分まで頑張る」と、気持ちを奮い立たせて世界にひとりで挑んだが、その時、萩野がロンドン五輪で感じていただろうメダル獲得の期待の重さとプレッシャーを初めて実感した。, 世界水泳 2015 カザン大会 競泳 男子 400m 個人メドレー 決勝 瀬戸が金メダル(写真:長田洋平/アフロスポーツ), 「公介がいない中、金メダルを獲らないといけないという重圧はすごかった。ふたりで出場していると公介との勝負を楽しめば自然と金メダルに手が届くと思っているので、メダルとか特に意識しないんですよ。でも、ひとりだとすべて自分にかかってくるんで……キツかったですね。それに、ここで自分が勝ったとしても公介がいないんで真のチャンピオンとは言えない。やっぱり世界で公介に勝ってこそ、そのメダルに価値がある。だから本当の勝負は翌年のリオ五輪になるなって思っていました」, 400m個人メドレーで自己ベストを更新して金メダルを獲得。2大会連続での金メダルとなり、「瀬戸強し」を世界のライバルたちに印象づけたのである。, しかし、「本当の勝負」と位置づけたリオ五輪の400m個人メドレーでは萩野が金メダルを獲得し、瀬戸は銅メダルに終わった。競泳でのダブル表彰台は60年ぶりの快挙だったが、瀬戸から見れば五輪で再度、水をあけられ、また闘志を燃やしたのである。, こうして、ふたりはずっと抜きつ抜かれつの戦いを繰り広げてきた。そのプロセスの中で瀬戸は萩野から多くのことを学んだという。, 「公介の水泳に対する姿勢、ストイックさに触れると自分は甘いなって思います。理詰めで水泳を考え、トレーニングはもちろん、食事や体のことを常に気をつけている。『大也の感覚で動いているところ俺もほしいんだよね』って公介は言うけど、公介の論理的な考えにはいつも『そうだな』と思わされる。今年、プロになってからはプロ意識が非常に高くなり、よりストイックに競技に集中するようになった。そういう部分は見習っていかないといけないと思っています」, ハンガリー・ブダペストでの世界水泳選手権、萩野は手術した右ひじのために調整が遅れ、距離が長い400m個人メドレーではなく、200m個人メドレーで金メダルを獲ることに集中した。しかし、結果は銀メダル。萩野の落胆ぶりは、瀬戸が「痛ましい」と感じるほど大きかった。, 「チームのキャプテンだし、自分が盛り上げていかないといけないのに結果が出ていない。責任を感じ、このレースは自分が、という思いがすごく強かったと思う」, 世界水泳 2017 ブダペスト大会 競泳 男子 200m 個人メドレー 決勝(写真:エンリコ/アフロスポーツ), 瀬戸は声を大にして応援したが萩野は伸びない。そのまま失速し、6位でバトンタッチ。最終的に日本は5位に終わり、メダル獲得はならなかった。, レース後、萩野を中心としたチームに重苦しい空気が漂う。メダルを逸した敗戦の責任を負い、悔しそうに顔を歪める萩野を見て、瀬戸は彼に近寄り、こう言った。, その瞬間、萩野は立ち止まってうつむき、ボロボロと涙をこぼした。そのまま崩れるように四つん這いになり、号泣したのだ。, 「ビックリしました。公介があんなふうに人前で泣いたのは初めてだったんで……。涙を見て、自分も泣きそうになりました。それだけつらかったんだと思います。康介(北島)さんが引退して金メダリストの公介は大きな期待を背負い、自分が前の世界選手権で感じたメダルを獲らないといけない重圧の中で戦っていた。でも、思うような結果が出ない。今まで溜めていたものが一気に出たんだと思います」, 瀬戸と萩野の間には、これまでお互いに涙を見せることはもちろん、喧嘩や言い争うことさえ一度もなかった。近すぎず遠すぎず、お互いが程よい距離を保ってきた。それがお互いに気持ちよかった。だが、萩野が自分の弱さを素直に吐露した姿を見せた時、周囲や自分との関係に変化があったという。, 「あの涙は、公介にとってすごく良かったんじゃないかなと思います。それまで人に弱みを見せず、自分の中にすべてを溜めて戦ってきたけど、あの涙でもういいや、弱みもすべてさらけ出していいやってフッ切れたと思うんです。同時に公介の感情をみんなが受け入れて、よりみんなとの信頼関係が深まった。自分もうれしかったですね。ライバルの自分の前で弱い姿を見せるのは自分のことを信頼してくれているからだと思うんです。信頼してくれているからこそ安心感が出てくるんだとそのとき思ったし、そういう公介がますます好きになりました」, その後、ふたりで特に話をすることはなかった。瀬戸は萩野の気持ちを理解したし、萩野も瀬戸に涙ですべてを伝えたからだ。, 9月、萩野はアメリカに旅立った。アメリカに行く前、萩野は「ちょっとチェイスに会ってくるわ」と瀬戸に伝えていったという。チェイス・カリシュとは瀬戸が3位に終わった今年の世界水泳選手権400m個人メドレーで金メダルを獲得したアメリカの強豪選手だ。萩野はそこでチェイスを世界トップに導いたトレーニングを学びつつ、スイマーとして尊敬し、かつマネジメント会社の社長でもある北島康介とともに新シーズンに向けて強さを磨いた。, 瀬戸は世界水泳選手権、400m個人メドレーで銅メダルを獲得した後、ユニバーシアード、愛媛国体と転戦し、オフに入った。10月1日に結婚式を挙げ、新婚旅行に行き、その後、旅行地から直接、オーストラリアの合宿に入った。さらに海外での高地合宿を経て、2018年4月のパンパシフィック選手権に向けて萩野と戦う準備をしていく。, 「アメリカに行った公介には康介(北島)さんが付いているんで、平泳ぎメッチャ強くなると思うんです。でも、公介は今年、苦しんだので来年はひじのことを気にせず戦える、強い公介になって戻ってきてほしい。自分もパワーアップして、もっと強くなる。そうして東京五輪を目指して毎回、ふたりで表彰台を独占していく。そんな存在になっていきたいですね」, このライバル関係は、果たしていつまでつづくのだろうか。ふたりが目標としている東京五輪での400m個人メドレーで終わりを迎えるのだろうか。, 瀬戸大也(せと・だいや) 旦那は私の顔を上の中と言います。だったら上の上がいたら私は捨て... 「危険なビーナス」のネタバレを知りたいです。 結婚したことを後悔しています。私と結婚した理由を旦那に聞いてみました。そしたら旦那が「顔がタイプだった。スタイルもドンピシャだった。あと性格も好み。」との事です。 2017/10/29(日) 10:43 配信 こういうの着て海で泳いでる子供を見かけました。, 今日、競泳水着を着る女性スイマーの方、居ますか?着るのでしたら、何処のメーカーの何色の、どの様な競泳水着を着ますか?, 水泳の50メートルのクロールのタイム31秒て遅いんですか。教えて下さい。 四面楚歌のスイマーに心強い〝援軍〟だ。不倫スキャンダルを起こした競泳男子の東京五輪代表・瀬戸大也(26)に対し、全日本テコンドー協会の金原昇前会長(66)が「批判なんか気にするな!」と激励のメッセージを送った。, 金原氏といえば、ちょうど1年前の今ごろは世間の〝集中砲火〟を浴びていた。強化方針を巡って選手と対立し、協会は泥沼化。会長職を降りただけでなく、連日のようにワイドショーで叩かれた。, あれから1年、地元の長野県にいる金原氏を直撃すると「お久しぶり。僕は楽しくやっていますよ。いまだに『写真撮ってください』って言われて困っているけど」と笑顔。コロナ禍で生活は一変したが、世間からバッシングを受ける瀬戸の存在は気になるようだ。, 「ちょっと甘かったけど、もう終わったこと。もう批判の声なんて全く気にする必要ない! ネットで悪口を言われて自殺する方もいるけど、僕は騒動の時に一切ネットなんて見なかった。99人が悪く言っても絶対に1人はいいことを言ってくれる。応援してくれる人だけを信じればいい。悪口を言われたら、それだけ注目されているって開き直ればいい」, 不倫騒動とコンプライアンス違反――。事象は違えど、批判を一身に浴びた自身と、似た境遇に黙ってはいられない。金原氏は「もちろん、反省はするべきだけど、寄ってたかって叩いたり、騒がなくてもいいじゃない」とかばいつつ、東京五輪へ向けて「名誉回復には金メダル、世界記録しかない。銀や銅じゃダメ。これを乗り越えて金メダルを取ったら倍の価値が出る。結果を出せば、何も言われなくなるから。こういうプレッシャーを神様が用意してくれたんですよ」とゲキを飛ばした。, 苦境に立たされる天才スイマー。もう女性はコリゴリだろうが、金原氏は最後に「女性とのきれいな遊び方を教えてあげるよ。僕はすごいセキュリティーだから一緒にいれば安心。僕の目は365度(※360度の勘違いと思われる)周りが見えるんだからね」とのアドバイスも忘れなかった。.