ゲバラが受けた「ヒロシマでの衝撃」 一方、最後にこんな逸話も紹介しておこう。 1959年7月15日、革命からわずか半年後、チェ・ゲバラは日本にキューバ使節団の団長として訪問している。戦後、奇跡の経済成長を成し遂げつつある日本にやって来た。  というのも日本人である著者が、NHK・BSのドキュメンタリー番組の撮影で実際に自身でインタビューしてきた為、他の書籍で見られる「翻訳した変な日本語」ではない、生きた言葉で表現されているからだと思う。, インタビューを軸にゲバラの人となりを構成していて、写真も多くわかりやすかった。革命家というより、一人の人間としての魅力が立ちのぼってくるようだ。, チェ・ゲバラの人物像を、ゲバラと関係があった人達のインタビューをもとに描いている。 チェ・ゲバラについて知りたい方におすすめの本を6冊ご紹介しました。チェ・ゲバラに関する本は、本人が書いた日記をはじめ、伝記や写真集など数多くあります。 何千回でも答えよう ゲバラの生い立ちから青年時代、キューバ革命の日々まで、その一生をひととおり網羅してはいるが、中でも「最後の瞬間」に多くのページを割いている。 コンゴからボリビアへの道筋は「革命の輸出」という使命のもとでの行動であった。しかし、それよりもむしろ、彼自身が革命家、ゲリラ兵士として生きていく場所を探して漂っているような気がした。, ゲバラが英雄かそうでなかったのか知りたかった。でも、この本を読んでも答えはでないと思います。一人の死がこれだけ観新をあつめたのは、時代を考察する上でのヒントになると思います。 そのとおりだ、と〕, ゲバラがボリビアで殺された時、バージェ・グランデ市内の病院で遺体が公開された。市民たちが、極悪非道な侵略者の顔を見たいと列を作って見に来たそうだ。しかし、ゲバラの顔を見た途端に言葉を失い、胸に十字を切ったりしたそうだ。敬虔なカトリックが多いボリビア人は、イエスにも似たゲバラの姿を見て、何が本当で何が嘘であるかを感じたという。確かに、本に掲載されているゲバラの遺体は、今にも起き上がってきそうな雰囲気を漂わせている。誰にも閉じられなかった目は、意志を感じる。. 第2章 「彼は、口で何か言う前に椅子から立ち上がっていたんだ」 卑弥呼とはどんな人?生涯・年表まとめ【邪馬台国の場所や功績、まつわる謎や死因も紹介】, フローレンス・ナイチンゲールとは何をした人?生涯・功績まとめ【年表や名言、エピソードも紹介】, 英雄ナポレオンとはどんな人?生涯・年表まとめ【フランス革命の活躍や功績、名言や死因まで紹介】. 第5章 「男同士の秘密は墓まで持って行きますよ」 できもしないことを考えていると言われるならば ゲバラの遺体を見、ボリビア軍の謀殺を見破ったレヒナルド・ウスタリス・アルセの言葉。 銃を向ける政府軍兵士がチェ・ゲバラの前に立ったが、その兵士は銃撃を躊躇していた。 諭すような語り口。まさに稀代の革命家らしい最期の言葉といえるだろう。 スポンサーリンク 名言に関連した書籍 ゲバラと共に働いたオルランド・ボレーゴの言葉。 救いがたい理想主義者だと言われるならば 【ニコニコ動画】【予告編】ニコニコドキュメンタリーシリーズ『ザ・ライバル』 ~世界が注目する12のライバルたち~, 結末をあえて書えてしまおう。最後にこの作品ではチェ・ゲバラの遺体の映像が出てくる。キューバ革命をカストロと共に先導したが、ある事でキューバを半ば追われて、アフリカ・コンゴ動乱に加わり、39才で南米・ボリビアの大統領命令で銃殺された。横たわるゲバラの映像は世界に配信された。 それは世界的革命家の栄光のかげもなく、目を見開いた髭面の哀れな反逆者の末路を物語っている様にも見える。共産主義革命を恐れるアメリカ・CIAの手によるものと言われているが、事の真相は闇の中だ。, しかし、この作品は一見ただキューバ革命の歴史を追っている作品の様に見えながら、何か胸を熱くするものがある。それはやはり個性の異なる二人の革命家ゲバラとカストロの圧倒的な存在感にある。 たとえ、CIAによる策略やイメージ操作があったとしても大国アメリカ合衆国を相手に、その軍門に下らない為に闘う小国キューバの二人の姿は神々しくすら見えるのである。, もしかしたら、この1時間弱と言うこの作品の長さは短か過ぎるとも言える。二人の革命闘争は2時間以上あっても良い程、様々な起伏に富んでいる。, この作品では冒頭のナレーションで「カストロは権力を、ゲバラは革命を欲した。」としている。まるで二人に終始確執があったかの様に。 だが、最初にメキシコで二人が出会った時、キューバの弁護士だったカストロはアルゼンチンから来た革命について熱く語る青年医師ゲバラに一目ぼれするのである。, 革命前のキューバはあたかもアメリカの植民地の様相を呈していた。キューバは砂糖の原産地として重大な拠点だった。たかが「砂糖」と言うなかれ、「砂糖の歴史」を調べてみるとわかるが、欧米諸国は17世紀ころからカリブ海・南太平洋・南米・西インド諸島等に彼らの嗜好品である砂糖のプランテーションを作るために、アフリカから黒人奴隷などを労働力として入れるなどして、半ば植民地化していたのである。 キューバは革命前、米国の傀儡(かいらい)だったバティスタ政権、アメリカ政府、アメリカ企業、アメリカマフィアにほとんどの利益が吸い取られる様な仕組みになっていた。, 最初はほんの小さな武装蜂起に過ぎなかったカストロとゲバラによる動乱が、やがて革命へと転じて行くには、ゲバラのカリスマ性と武装能力、カストロの政治力と戦略性が必要だった。 1959年バティスタ政権を転覆する。アメリカはこの新政権をただちに承認するが、キューバによるアメリカ企業の財産没収と国有化により、アメリカとの関係が即時に悪化する。カストロはソビエト連邦に接近しキューバの「砂糖」とソ連の「石油」を交換し両国の蜜月が続く。, この作品では1960年の貴重なカストロによるニューヨーク・国連総会におけるカストロの4時間半に渡る演説の一部も出てくる。「我々は共産主義者ではない。」と言いながらアメリカのど真ん中でアメリカの横暴をカストロは非難したのだ。 生涯、カストロは「資本主義最大の敵」として50年間で638回もの暗殺計画の対象となった。これは「世界で最も暗殺計画の対象になりながらも生き延びた人物」としてギネスブックにも登録された。, アメリカの鼻先のキューバにである。間もなくアメリカのU-2偵察機がこれを発見し、米ソ入り乱れての核戦争の可能性を含むいわゆる「キューバ危機」が訪れる。あわや世界戦争という直前、どうにかフルシチョフとケネディが交渉の場に立ち危機を回避したが、キューバとアメリカの関係は最悪になる。, 米国と敵対するキューバはソ連に様々な援助を頼るしかなかったが、あろうことか純粋革命家チェ・ゲバラは外遊中の北アフリカのアルジェリアでソ連を非難、「帝国主義的搾取の共犯者」と呼ぶ。ソ連が東欧諸国等に対して搾取的であると言い放ったのだ。 ソ連首脳陣は激怒。キューバに「ゲバラを追放しなければ援助を削減する」と通告。ゲバラはその事を知り妻と子供を置いて自らキューバを離れる。, 「カストロは権力者」とこの作品では言っているが、これは日本でも海外でも、よくある事だろうと思う。「創業者」「英雄」は必ずしも最後まで優遇されるとは限らないし、この半ば追放に近い出来ごとはひとつの悲劇でもあるし、ゲバラの出国を止めることすらしなかったカストロによる国や組織を守る者の「苦渋の決断」とでも言うのだろうか。 そしてゲバラはアフリカのコンゴ、南米のボリビアと渡り死去。彼は生前「第二第三のベトナムを作るべきである。」との言葉を発し、大国の支配から小国はいち早く離脱すべきだと説いていたので、当時のソ連の横暴をどこかで感じていたのかも知れない。, 南米諸国はラテンアメリカで、まるで宗主国の様に振舞い続るアメリカ合衆国に対抗するカストロの姿に主義主張を問わず共感した。政治家・カストロは同じ共産圏である中華人民共和国にも接近し一時、友好関係を結ぶが、ソビエト連邦と中国の間で対立が起り、キューバ・中国間の関係は悪化する。, しかし、毛沢東死去後、経済成長を遂げた中国はキューバにとって重要な援助国になっている。2008年5月「四川大地震」が発生したとき、即座に多くのキューバの医療チームがカストロの指示によって送られる。 両国の絆はさらに深まる。カストロの政治的感覚は晩年になっても衰えていなかったのだ。そして2016年11月25日死去。, 一方、最後にこんな逸話も紹介しておこう。 1959年7月15日、革命からわずか半年後、チェ・ゲバラは日本にキューバ使節団の団長として訪問している。戦後、奇跡の経済成長を成し遂げつつある日本にやって来た。自動車工場などを見学し、その時「ヒロシマ訪問」を望んだ。 しかし、革命を成し遂げたゲバラの重要性をあまり認知していなかった日本政府はそれを望まなかった。そこでゲバラは秘密裏にヒロシマ入りし、広島平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆資料館と原爆病院を訪問した。大きな衝撃を受けたゲバラはその時、中国新聞の記者・林立雄氏にこう語っている。, ゲバラはキューバに帰国後「ヒロシマでの衝撃」を報告し、キューバではそれ以来、初等教育から広島・長崎への原爆投下の経緯とその結果がかなり丁寧に教育されていると言う。 それは「キューバ政府とゲバラによる反米教育」だったのか? 「純粋革命家ゲバラの感じた無抵抗な市民への大国アメリカの攻撃に対する怒りの表現」であったのか?, キューバで育ち、後に小児科医になったチェ・ゲバラの娘、1960年生まれのアレイダさんは2011年の東日本大震災後、福島と宮城を訪れ, そして、現代。米国トランプ大統領はメキシコからの不法移民を一掃すると言った。 しかし、メキシコを通過してアメリカに入って来るのはメキシコ人だけでなく、国情不安定で国を脱出せざる負えない南米諸国からの移民も多いと聞く。それは歴史的にアメリカや欧州諸国の半ば植民地化され搾取・蹂躙され、過去の清算ができないまま独立したとしても、なかなか安定出来ない貧しい国から脱出してきた人たちである。, 今は亡きゲバラとカストロが生きていたら、このトランプ発言に対しどう反応したのであろうか? 我々はこのカリブ海の小国「キューバと革命家」についてもっと知るべきではないのだろうか。, 関連番組【ニコニコ動画】【全編公開中】『ザ・ライバル』カストロVSゲバラ ~革命に引き裂かれた友情~, ドワンゴ・エグゼクティブ・プロデューサー。ニコニコドキュメンタリーのプロデュースを務める。「世界まる見えテレビ特捜部」や「恋のから騒ぎ」など、数々の人気テレビ番組を手がけてきた。著書に『, ビールが出る蛇口を自作したった! ひねると自家製ビールが注がれる予定がほぼ泡しか出てこない悲劇発生, やりこみゲーマーはなぜ苦行に挑み続けるのか──「普通に辛いです」それでも縛りプレイに身を捧げる理由【おやつの人インタビュー】, 圭一の受け取った人形が不気味で「こわい」「セーブしとけ」コメント。 『ひぐらしのなく頃に業』第5話コメント盛り上がったシーンTOP3, 岡部が鳳凰院凶真として復活するあのシーンが1位! 『シュタインズ・ゲート ゼロ』一挙放送コメント盛り上がったシーンTOP10, 『初代ポケモン』マサラタウンのジオラマを画用紙で作ってみた! ストップモーションで描かれる表現に「立体なのがなんか感動する」「わくわくする」の声, 【ニコニコ動画】【全編公開中】『ザ・ライバル』カストロVSゲバラ ~革命に引き裂かれた友情~. そこにあるのだと思う。

章のタイトルも、インタビュー中で出た言葉からとっているんだけれど、その選び方がすごいなーと思った。 親善使節団としてゲバラと一緒に各国を回ったオマール・フェルナンデスの言葉。 ゲバラに魅力を感じる理由の一つも

銃を向ける政府軍兵士がチェ・ゲバラの前に立ったが、その兵士は銃撃を躊躇していた。 諭すような語り口。まさに稀代の革命家らしい最期の言葉といえるだろう。 スポンサーリンク 名言に関連した書籍 最後を迎えることとなったボリビアでのゲリラ活動は、今となってみるとなにかちぐはぐなもののように見える。

© 2020 レキシル(Rekisiru) All rights reserved. 〔もし我々が空想家のようだと言われるならば 本稿では、そんな『ザ・ライバル』シリーズの内容を、プロデューサーを務める吉川圭三が6月7日に放送される『カストロVSゲバラ ~革命に引き裂かれた友情~』を解説。 「世界まる見え!テレビ特捜部」や「恋のから騒ぎ」など、数々の人気テレビ番組を手がけてきた吉川氏が語る、対決の見所とは……!? 第3章 「二人はすでにその先のことを話し、約束し合っていたのです」 アメリカのオバマ大統領が5月27日、広島を訪問します。実は、これまでにもヒロシマを訪れた著名人はたくさんいます。キューバ革命の伝説的英雄、チェ・ゲバラは急きょ日程を変更して、広島へ足を伸ばし「悲痛な言葉」を残しました。原爆資料館で資料に…

負傷したゲバラをイゲラ村に連行した兵士のひとり、ベニート・ヒメネスの言葉。 第6章 「よく覚えているのは、チェが少しも絶望的にならずに歩いていることでした」 出典 チェ・ゲバラ 革命を生きる 【送料無料】チェ・ゲバラ [ ジャン・コルミエ ] エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ (Ernesto Rafael Guevara de la Serna) 1928年6月14日 - 1967年10月9日 "指令600"とはなにか-チェ・ゲバラとはどんな男だったか。彼とともに生き、闘い、最期を見届けた者たちの証言より浮かび上がる伝説の革命家の実像。戦場で重傷を負って死んだと発表されたゲバラだが、本当は捕らえられた村で暗殺されたのだった。最後の食事を運んだ少女、銃声を聞いた農夫、遺体に触れたジャーナリストなどの貴重な証言が、ボリビアの山村を訪れた作家戸井十月の前に、伝説以前のリアリティとして衝撃的に立ち上がる。著者渾身の現地インタビューによる書き下ろしドキュメンタリー。, 昨日まで国家の要職にあった人間が、気がついたら山奥でゲリラのリーダーになっている。本当に同じ人の生き方か?と、読めば読むほど心が痛くなる。ラテンアメリカの解放という崇高な理想は、蓋を開けてみれば一枚岩になれない諸刃の剣。結局ゲバラは裏切り者に殺されたといっても過言ではない。にもかかわらず死後、英雄として偶像化されていく様は何とも皮肉。ゲバラがカストロにあてた「別れの手紙」には何度も泣かされた。, ゲバラの「最後のとき」に、どんな人々が関わり、どんな会話がなされたのか。 「どこに向かって歩き続けるか」を見失わないでいたい。, インターネット、書籍で調べた中で一番この本が読みやすかった。

第1章 「彼は、信じられないくらい強靱な精神の持ち主だったと思います」 い言葉発して」:朝日新聞デジタル, オバマ氏広島訪問、吉永小百合・坂本龍一さんの思いは…:朝日新聞デジタル, オバマ氏の「やればできる」広島で聞きたい ノッチさん:朝日新聞デジタル, ゲバラが広島で発した「悲痛な言葉」 オバマ大統領は何を語る?. 本書で締めに引用されているゲバラの言葉も良いチョイスだと思った。 「チェ・ゲバラ」の呼び名で知られるが、「チェ」は主にアルゼンチンやウルグアイ、パラグアイで使われてるスペイン語(リオプラテンセ・スペイン語をはじめとする諸方言)で「やぁ」、「おい」、「お前(親しみを込めた)」、「ダチ」といった砕けた呼び掛けである。 第4章 「チェだって、はじめから優れたゲリラ兵士だったわけじゃない」 「チェ・ゲバラってどんな人物なの?」「チェ・ゲバラについて知りたいけど、どの本を読めばいいのか分からない…」, せっかくチェ・ゲバラについて興味を持って知りたいと思っても、Amazonの膨大に並ぶ書籍たちを前に、どの本がおすすめなのか悩んでしまう方もいらっしゃるかもしれません。, この記事では、ただ単に「革命家」として語るにはあまりにも魅力的で、カリスマ性あふれる人物ゲバラについて、初心者の方からある程度知っている方まで楽しめる、おすすめの本を6冊ご紹介します。, この本は、ゲバラが南米を放浪していた際の日記で「モーターサイクル・ダイアリー」の続編の位置づけです。とてもさわやかな笑顔が印象的な表紙の一冊です。ゲバラが革命家となる前の日記ですが、ゲバラがどのような思想をもち、どのように変化していったのかが分かります。, 母親に宛てた手紙も収録されており、そのとても温みあふれる文章から「革命家」というイメージからは想像つかない、優しい、心あたたかい人物であったことが読み取れます。革命家になる前のゲバラがどんな人だったのか知りたい方におすすめです。, 少しずつ少しずつ、社会に対しての記述が増えていくのが感慨深い。翻訳本なので、少し読みづらいが、ゲバラが生きているように瑞々しい。ちゃんとゲバラ自身の歴史を知ってから読んだ方が面白い。, ゲバラの有名な日記で、映画の原作となった本です。23、24歳頃で当時医学生であったゲバラが親友である医師とバイクで南米を旅した時の放浪記で、医学生でありながらもどのように生きたらいいのか迷い、葛藤する青年ゲバラの自分探しの旅の様子がよくわかります。, バイク一台で旅をし、若さゆえに無鉄砲に、そして豪快に冒険を楽しむ様子が記されています。同時に、ハンセン病患者が置かれている悲惨な状況やインディオへの差別、貧困などに対する怒りなども記されています。後に革命家になるきっかけとなった旅とも言えるかもしれません。, この名作をやっと読みました。読む前からアレイダ嬢が語る”まえがき”に、すでに感動してしまっているのだが。 やがて世界が驚く革命を成し遂げるゲバラが、まだ何者でもない頃の南米旅行紀です。 中古のバイクはすぐに壊れるし、いつもお腹を空かせているし、衛生的とは言えないトイレや寝床。持病の喘息に始終苦しめられる様子は、こちらまで息が詰まりそう。 …だけど、なんだか良いのです。現地の人々の優しさや不屈の精神に触れて、まるで私も、夏の終わりに彼と過酷な大地を旅したよう。 ─いつか、また会おう。書物はそれを可能にする。, この本ではゲバラが生まれてから、革命家になり殺害されるまでのゲバラの一生を描かれています。裕福な家に生まれ、医者を目指したインテリがなぜ革命家になったのか、ゲバラについて知りたい方におすすめです。, 革命家というと暴力的で冷酷な人物というイメージがありますが、同じイメージをゲバラに抱くのは間違いで、ゲバラが民衆を救いたいという純粋な想いで生きていたことが分かります。キューバや南米で今なお「英雄」として語られる理由がよく分かる一冊です。, キューバを訪れた機会に彼が具体的にどんなことを成し遂げたのか知るために。キューバ革命の流れが戦闘シーンなどを中心に描かれているため現実の事象ではあるが小説を読んでいるようで読みやすい。 革命家が生涯革命家であり続けた唯一の例。政治や経済に対する思想の是非はともかく自らの信念に素直にそして愚直に邁進する姿は非常に魅力的。さらにはその勤勉性や表裏のない人柄も人々を魅了するんだろう。, この本に描かれているゲバラは、妻アレイダ・マルチが書いた「妻からみたゲバラの姿」です。家族愛の深かったゲバラが、家族を愛しながらも、革命に生きてしまうその葛藤や心情が妻へ宛てた手紙からよく分かります。特に、ゲバラとの別れが近づくあたりはとても悲しくなります。, ゲバラについてある程度詳しく知っている方、ゲバラが革命家として生きることとなったそれまでの経緯などについて既に知っている方には、妻から見たゲバラという新しい視点から描かれた本作を楽しんで頂けると思います。, 妻の視点からみたチェゲバラ。魅力あふれるチェと結婚できた彼女は幸せだともいえるが、そんな彼と過ごせる時間がほとんどなかったことは不幸であったともいえる。彼を愛した故の宿命。女性として、胸が締め付けられる。, この本は、ゲバラの盟友とも言えるフィデル・カストロがゲバラについて語った本です。ただし、カストロが書いたというわかではなく、インタビュー、演説などでカストロがゲバラについて話をしたものを集めてまとめたものになります。, カストロだからこそ知るゲバラの想い、思想、精神などが書かれているため、伝記とは違った面白さが味わえます。ゲバラが死んでからも時おりゲバラの夢を見る、というカストロの言葉に、ゲバラへの友情、信頼などカストロのゲバラに対する深い思いを感じ取れるでしょう。, カストロが過去に出したゲバラ関連の声明やインタビューを、年代順に抜粋したもの。本書の特徴は、ゲバラと共に戦い、お互いを深く信頼していたカストロが、ゲバラに近しい者として、当事者として彼を語っている点にある。ゲバラの無鉄砲なまでの勇敢さがアキレス腱でもあったという欠点にも触れながら、ゲバラの死を冷静かつ客観的に分析し、時が過ぎても親友を信頼し続けるカストロの姿からは、一貫した誠実さが見える。長~い演説も見事で、心を揺さぶられる。ゲバラが抵抗のシンボルとなったのは、カストロの尽力によるものが大きいと思える。, この本はゲバラの写真とともに見る伝記と言えるかもしれません。幼いころのゲバラから、医学生、そして革命家になってからのゲバラまで、数々の魅力的な写真がたくさんおさめられています。, 革命家としてのいかついイメージの写真かた、子犬と一緒に写る可愛たしいゲバラの写真まで、様々な顔のゲバラとともに、ゲバラの力強い名言が紹介されていて、ゲバラファンにはぜひ手にして頂きたい一冊です。, この本を読むまで、チェ ゲバラとはゲリラで悪い人というイメージがあったが、とんでもない。大義のために命を賭して戦った人と修正できてよかった。確かに医者で、ルックスも良くて、リーダーシップがあって、貧しい人達のためにという純粋な信念で生きとおすって、なんて格好いいんだろう。多くの写真で伝記を創るという試み、この人にはぴったりで、読めてよかった。時代が半世紀違っていたら、ゲリラ戦という手段ではなく、平和的解決での偉大なリーダーとなっていたかも知れない。, 「20世で最も完璧な人物」と称えられる革命家ゲバラの名言集です。悩みがある方、何かに迷っている方、これからどのように生きたらいいのか分からず不安な方、人生の困難に直面している全ての方におすすめの一冊です。, ゲバラの力強い言葉に励まされ、元気をもらえること間違いなしです。ゲバラについて詳しく知らない方の入門書としてもおすすめです。, チェ・ゲバラについて大まかに知るには良い本でした。医師の資格を持っているのも知らなかったしアルゼンチン人なのも知らなかったしチェ・ゲバラがあだ名なのも知りませんでした。あまり政治的な事はわからないのですがなんとなく抱いていた社会主義に関する考え方が少し変わりました。ホセムヒカの演説にも感動したし資本主義より合うかも?ちゃんと勉強しないと…。「人間による人間の搾取の撤廃こそ真の社会主義だ。」, チェ・ゲバラについて知りたい方におすすめの本を6冊ご紹介しました。チェ・ゲバラに関する本は、本人が書いた日記をはじめ、伝記や写真集など数多くあります。, どれも面白く、魅力的な本ばかりですが、ここでは、初心者の方からある程度ゲバラについて知識がある方まで、幅広く楽しんでいただける本をご紹介しました。, ゲバラは革命家として生き、最後は殺されてしまいましたが、弱い者のために戦った愛溢れる魅力的な人間だったと言われています。これらの本がきっかけで、チェ・ゲバラという人物に興味を持って頂けたら嬉しいです。. Copyright © CyberAgent, Inc. All Rights Reserved. 2525ファミリー活動やりながら趣味を書いていく!2525ファミリーの特撮担当というよりファミリー界の杉田智和潜友募集中最近杉田さん、中村さんが好きすぎるw, チェ・ゲバラ | 【天空】MGS PW MSF駿河湾海上プラント施設【2525Family】, エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ(Ernesto Rafael Guevara de la Serena)は、アルゼンチン生まれの政治家、革命家で、キューバのゲリラ指導者。, 「チェ・ゲバラ」の呼び名で知られるが、「チェ」は主にアルゼンチンやウルグアイ、パラグアイで使われてるスペイン語(リオプラテンセ・スペイン語をはじめとする諸方言)で「やぁ」、「おい」、「お前(親しみを込めた)」、「ダチ」といった砕けた呼び掛けである。ゲバラが初対面の相手にしばしば「チェ。エルネスト・ゲバラだ」と挨拶していた事から、キューバ人達が「チェ」の発音を面白がり付けたあだ名である。ラテンアメリカではキューバ革命以降「チェ」もしくは「エル・チェ(El Che)」(「el」は英語の「the」に相当する定冠詞)といえば彼の事を指す。, ・ 1932年 重い喘息のため、一家はコルドバの避暑地アルタ・グラシアに転居する。, ・ 1941年 コルドバの高等学校に入学。喘息にもかかわらず、ラグビーやサッカーなどの激しいスポーツを愛好した。, ・ 1950年 北部アルゼンチンをモペッド(ペダルで走ることもできるオートバイ)で単独走破。, ・ 1951年 アルベルト・グラナードとともに、オートバイで南アメリカをまわる旅に出てラテンアメリカをつぶさに見聞。(第一のラテンアメリカ放浪), ・ 1952年 南米旅行の最終地点ベネズエラのカラカスで、アルベルトと別れ帰国して医学部を卒業することを決意。, ・ 1953年 通常6年の課程を3年で終え、医師免許を取得。フアン・ペロン支配下で軍医になることを避け、カリーカことカルロス・フェレールとともにアルゼンチンを起つ(第二のラテンアメリカ放浪)。ボリビアで農地改革の現実を目撃。アルベンス社会主義政権下のグアテマラで出会ったペルー人社会主義者イルダ・ガデアの紹介で亡命キューバ人と知り合う。, ・ 1954年 グアテマラのアルベンス政権がカスティージョ・アルマス大佐率いる軍部(アルマスはこの功績でグアテマラ大統領に祭り上げられる)にクーデターで倒され、怒りとともにメキシコに亡命。, ・ 1956年 長女イルディタ誕生。メキシコ亡命中のフィデル・カストロ、弟のラウル・カストロと出会い意気投合、従軍医として反独裁闘争に参加することを承諾。, グランマ号(10人乗りのヨットに82人)でキューバに上陸(12月2日)、以後25ヶ月間におよぶゲリラ戦に従軍。, ・ 1957年 反乱軍第2軍(75名)の指揮官(少佐)、少佐の階級章(一つ星)をつけた黒のベレー帽は後年チェのシンボルマークとなる。ベレーには上下を逆にした騎兵章(交差サーベル)を付ける事もあった。, ・ 1959年 バティスタが国外逃亡しキューバ革命成立。キューバの国立銀行総裁に就任。志願して来たのを迎い入れて以来副官同然だった同志、アレイダ・マルチ・デ・ラ・トーレと結婚し4児をもうける。アジア・アフリカの親善大使として来日、12日間滞在した。このとき、広島市の原爆資料館を訪問し、「アメリカにこんな目に遭わされておきながら、あなたたちはなおアメリカの言いなり(対米従属)になるのか」と案内人に語った。, ・ 1961年 工業大臣に就任。故郷アルゼンチンへ8年ぶり(最後)の帰国するが、滞在時間はわずか4時間だった。, ・ 1964年 ベン・ベラ大統領の招きでアルジェリア訪問。12月11日、国際連合総会でキューバ首席として演説、7月26日運動の合言葉『祖国か、死か!』を紹介する。, ・ 1965年 国際的な革命闘争に参加するためキューバを離れる。アフリカ各地を歴訪し、コンゴでは一時的に闘争(コンゴ動乱)に参加。キューバ共産党中央委員会でカストロはゲバラから自分宛に遺された「最後の手紙」を発表。, ・ 1966年 コンゴ動乱から引き揚げ、チェコスロバキアのラードビー(プラハの南東25キロにある町)に3月から7月まで、チェコ情報機関に匿われ滞在。「一つ、二つ……数多くのベトナムをつくるために」(1967年に公表されたメッセージの言葉)ラテンアメリカに戻り、変装してボリビアへ。ボリビアでの様子を記した日記は『ゲバラ日記』として死後刊行。, ・ 1967年10月8日 バジェグランデ近郊のイゲラ村の近くで捕らえられ、大統領レネ・バリエントス・オルトゥーニョの命令で10月9日に処刑(銃殺刑)された。39歳だった。.