絶対あいたい1001人 - 久米宏のニッポン百年物語 - 久米宏のTOKYO空の下 - 久米書店, TBS それ行け!歌謡曲 - 土曜ワイドラジオTOKYO - 久米宏 ラジオなんですけど, 夜はともだち - 4・10月だョ!全員集合 - ムー一族 - わかるかな?ワールドジェスチャー - EXPOスクランブル - ザ・ベストテン - そこが知りたい - 料理天国 - 日本レコード大賞 - 人間ふしぎ不思議 - 笑ってポン! - クメピポ! 9月24日(木) 伝説の歌番組『ザ・ベストテン』の再放送 第2弾が cs「tbsチャンネル2」で放送! 西城秀樹、松田聖子、小泉今日子、近藤真彦、三田寛子、中村雅俊、イモ欽トリオ …ほか! 1982年5月 放送回!「ふられてbanzai」「渚のバルコニー」「心の色」ほか! - 総天然色バラエティー 北野テレビ - ママはアイドル - 水曜ドラマスペシャル - パパはニュースキャスター - 歌のトップテン - 痛快なりゆき番組 風雲!たけし城 - 生島ヒロシのおいしいフライパン - 生島ヒロシのもっと・自由な生活 - 風まかせ 新・諸国漫遊記 - ビッグモーニング - スーパーサッカー - おはよう!ナイスデイ - 未来ビジョン 元気出せ!ニッポン! ?ヒストリー - 情報!ソースが決め手 - テレコンワールド - まっ昼ま王!! ジャックをねらえ - なんでもランキング バトランQ - たけしの万物創世紀 - 空と海をこえて - ニュースに挑戦!あなたの常識 - 大調査!! - 39時間テレビ - 所さんのお騒がせデス - 世界とんでも! 日本発のプロダンスリーグ「D.LEAGUE」日本有数の6つのコンテンツ配信サービスで生配... 【アガルートアカデミー】令和2年度(2020年)賃貸不動産経営管理士試験 解答速報公開開始. - 水戸黄門, 生島淳 - 生島勇輝 - 生島翔 - 諏訪博 - 山西由之 - 三井ゆり - 白石美帆 - 和田アキ子 - 徳光和夫 - 山本文郎 - 久米宏 - 松下賢次 - 黒柳徹子 - 和田アキ子 - 川端健嗣 - 寺田理恵子 - 吉崎典子 - 佐藤里佳 - 深澤里奈 - タモリ - 武田鉄矢 - 優木まおみ - 朝比奈彩 - みのもんた - 鹿内宏明 - 菅義偉, 所さんのただものではない! 1978年1月から約12年間続いたtbsの音楽番組「ザ・ベストテン」が、同局のcs放送「tbsチャンネル2」で再放送される。これまで特番などで名場面が流れることはあったが、今回は当時の丸々1時間の放送となる。 6月20日土曜の午後7時にスタート。 4月7日 - 「ザ・ベストテンフェスティバル」を19:30~21:54に放送 。 11月10日 - 放送300回記念「ザ・ベストテンin長崎」中継を含めると8組の歌手が出演し、そのうち4組が特設ステージで歌を披露した。 さて、そのザ・ベストテンが、cs放送・tbsチャンネル2で再放送されることとなりました。 私がそのことを初めて知ったのは、今年の4月28日付のこのオフィシャル告知がきっかけです。↓ ダンスが動き出す! - TVタイムマシン - ウェディングベル - 突撃!家族ウォーズ - クイズ21! セレクトヴィンテージショップ”GRIMOIRE”(グリモワール)がプロデュースするトータルウエディングサー... 【第3波に向けた究極のウイルス対策!】医療用レベル(ナノレベル)の捕集力・日本製・持続抗菌・消臭・... 【タイムセール開催!】特別価格の1枚あたり約23円!第3波対策に!即日完売した国際基準の高品質不織布... 日本の若者が、いま期待する政党は「自由民主党」(64.4%)、首相にふさわしいのは「菅義偉」(46.5%), 「在庫速報.com」、PlayStation®5(PS5™)在庫の最安値検索に対応, 中居正広、劇団ひとり、古市憲寿による話題の絵本『♪ピンポンパンポンプー』が発売前に10万部突破!. - アッコにおまかせ!

「ザ・ベストテン」(1980年8月14日放送回) TBSチャンネル2 名作ドラマ・スポーツ・アニメ 11月3日 午後9:00~10:00 ほか メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。, フォローするとどうなる? - クイズタイムショック - 全日本歌謡音楽祭 - ミュージックステーション - 極楽スタジアム - オールスター感謝祭 - スーパークイズスペシャル - 日立 あしたP-KAN気分! - 新世界 - 好きからはじめよう, あなたと、熱帯 - Stand Up〜Full Metal Armor - 勝手にさせて, M'シンドローム - LIPS - CANCEL - OVERSEA - Midnight Swing - JUNCTION - 晴れ ときどき くもり - AVE MARIA - 時 - 心を込めて... - 優しい世界 - ETERNAL HARMONY - ラスト・コンサート, MINAKO COLLECTION - Look over my shoulder - LIFE -Minako Honda. い意思を感じる猫, 猫の伸びきった寝姿に驚きの声, 上野動物園でゾウの赤ちゃん誕生, 「暖房まだ?」ウサギが無言の圧, 猫によるベッドの間違った使い方, 掃除機は絶対許さない会の姉妹猫, 鉄パイプ落下で死亡 業者送検へ. - なんとかしてヨ! - 山田邦子のしあわせにしてよ - オールスター感謝祭 - めざましテレビ - ザ・スクープ - 報道ステーション - 朝まで生テレビ! - 濡れてにアワー!! 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放送100回を達成。登場してくる歌手から黒柳は花束を贈られた。発表されたデータでは、これまでで中継221回、リクエストはがき14万通以上。, 12月27日 - 「年間ベストテン」では、通常のベストテンではベスト3に入らなかった, 1月1日 - 特番『全国歌謡曲大調査、明治から昭和この百年!史上最大のベストテン』が放送された, 12月3日 - 200回記念をパーティー形式で行い、これまでにランク入りした歌手が集合した。, 10月7日 - 放送時間が21:00 - 21:54に変更(直後の天気予報枠の1分拡大に伴う, 12月30日 - 「さよなら1982 ザ・ベストテン豪華版」を3時間に渡って生放送。その後年末の恒例となる。今週のベストテンの発表の他、視聴者からのリクエストによる出演歌手全員参加の「年忘れリクエスト企画」、1年間の番組を振り返る総集編「思い出の名迷場面集」、そして1年間にベストテンにランクインした曲の中から、総得点の高い100曲を発表する「年間ベストテン」を発表。特に上位10位内にランク入りした歌手には、歌手にゆかりの深い有名人や著名人がお祝いのゲストとして出演した。視聴率は28.2%。, 11月10日 - 放送300回記念「ザ・ベストテンin長崎」中継を含めると8組の歌手が出演し、そのうち4組が特設ステージで歌を披露した。この週は杏里の「, 12月29日 - 「さよなら1983 ザ・ベストテン豪華版」を放送。視聴率は番組史上2番目に高い39.7%を記録。, 10月18日 - 「秋のザ・ベスト展」と題してランクインした歌手による芸術作品が披露された。, 10月25日 - 「350回記念 ザ・ベストテンin岡山」を県営プールから生放送。視聴率は22.9%。, 12月27日 - 「さよなら1984 ザ・ベストテン豪華版」を放送。視聴率は34.4%。, 1月10日 - この回のみオープニングを生演奏しオーケストラ・コーラス・指揮者を紹介。オープニングが生演奏されたのは、この回と前夜祭の2回だけであった。, 3月14日、視聴率31.9%を記録 (この回の第1位は松田聖子「天使のウィンク」)。, 4月25日 - 久米が番組を降板。視聴率は31.0%。エンディングでは黒柳と久米によるワルツが披露された。翌週から輪番制でゲストが代理司会を務めた。奇しくもこの回は「卒業」という同名の曲が2曲同時ランクインしていた (菊池桃子と斉藤由貴の同名曲)。, 5月2日 - 久米降板後初放送。黒柳・松下のコンビで担当(松下は1986年10月から改めて2代目司会者として就任)。黒柳を応援するため、, 12月26日 - 「さよなら1985 ザ・ベストテン豪華版」を放送。視聴率は29.3%。, 1986年春頃からテレビ番組出演を必要としないアーティスト系もランキングされるようになり、欠席が相次ぎ空席が目立つようになる (それでも中森明菜やチェッカーズなどランクイン常連組や中山美穂やC-C-Bらは積極的に出演していた)。, 9月25日 - 小西博之が1年を区切りに司会を卒業すると発表。この日黒柳はアフリカに行っており、VTRで小西にメッセージを伝えた。数日後が小西の誕生日であったため、ケーキが用意され, 10月2日 - 3代目男性司会者の松下賢次が初登場。正式な司会初日にもかかわらず5組も欠席。, 12月25日 - 「さよなら1986 ザ・ベストテン豪華版」を放送。視聴率は28.4%。, 4月2日 - 通常より放送枠を30分拡大した「ザ・ベストテン延長戦」を放送。これはランキングを1位から順番に発表し、時間が許すまで11位以下もランキングを発表していくが、歌手が番組に関するクイズに正解しないと歌えない、という内容。この時西村知美(「シンフォニーの風」、16位)がクイズに連続して間違え(他の出演者は一発正解)、進行が止まってしまったため司会の松下賢次がわざわざ「, 4月23日 - TBSがストライキに突入したため、TBSアナウンサーであった司会の松下は登場せず、模した人形と事前に録音された音声がランキング発表を行った。この週は史上2回目の10組フル登場に加え、歌手活動を休止していた松田聖子が、約2年ぶりのシングル発売となる「, 7月23日 - 猛暑のため「少しでも涼しいところから放送したい」ということで芝ゴルフプールから生中継。司会の松下はプールに潜ってランキングを読み上げていた。, とんねるずがこの公開放送の回に出たさに、チャート初登場がこの回になるようにシングルの発売日を合わせたというエピソードも残っており、チャートインしなければもう歌わない、と『, 10月8日 - この週が10組フル出場した最後の回になった。またこの回と翌週15日は黒柳が番組を欠席、代わりに全国のJNN各局の人気女子アナウンサーがTBSに集合し、松下アナのアシスタントを務めた。当時独身だった松下の番組内でのお見合いも兼ねていたという。, 12月24日 - 『さよなら1987 ザ・ベストテン豪華版』を放送。視聴率は26.7%。, 12月31日、史上唯一の大晦日特番『10年間感謝ザ・ベストテン大晦日電リク祭り』を開催(21:00 - 23:24)、この年開催の『, 番組の出演回数が200回を超え当時の番組出演最多記録を誇った田原俊彦に対して、寺尾聰の赤いソファーになぞらえた名前入りの青いソファーが贈られ、スタジオに置かれることになった。最終回まで246回と出演最多記録を伸ばした。, 1988年から各月の最終週に「月間ベストテン」開始。月間ベストテンに限り、歌われる曲すべてに歌詞のテロップが出た。ところが、1988年2月25日に, ランキングボードが老朽化のため制作費数千万円をかけてランプが円から星型になった新しいものに変更。得点の表示が4桁から6桁に増え、年間ベストテンの得点表示が可能になった。4桁時代のランキングボードは、1987年の豪華版終了後に視聴者プレゼントされた。実際に6桁全てを使用したのは計16回。なお、新調されたランキングボードは2016年現在も保管されており復活特番で使用されている。, 3月31日 - 2回目の「ザ・ベストテン延長戦」を放送。この日は月間ベストテンという形での延長戦になった。しかし、クイズまでの映像が長すぎたこと、, 6月16日・23日 - 2週に限り、「私は黒柳」というテーマで黒柳のまねをした女性が松下と司会を進行。サザンオールスターズが3年ぶりに出演。, 10月6日 - 公開生放送は550回目ではなく、期首改編に合わせ552回目に「ザ・ベストテン大移動・鹿児島編」を放送。視聴率は南日本放送では70.5%(ビデオリサーチ調べ、鹿児島地区・世帯・リアルタイム)を記録したが、制作局のTBSでは初の1ケタ(9.8%)を記録(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)。この年が最後の公開生放送になった。, 11月11日の一部新聞で、1989年3月に「ザ・ベストテン打ち切り」という記事が掲載されたが、当時は一旦否定していた。, 11月24日 - 月間ベストテンの週で月間にランクインした歌手9組と、週間ベストテンで初登場1組の10組出場した。その為、司会の黒柳は喋る時間を限定されてしまっていた。, 12月29日 - 『さよなら1988 ザ・ベストテン豪華版』を放送。最後の豪華版放送となった。視聴率は16.1%で前年より10ポイント以上下げてしまう。, 1月5日 - オープニングから8位発表まで、久米宏が司会で登場。その後、生島ヒロシ・小西博之・, 1989年になるとオーケストラ演奏を必要としないバンド系の歌手の増加で、オープニングにバンドが毎週いることがなくなり、オープニング時は歌手席のところに集合する形をとるようになった。, 4月6日 - ゲスト席がリニューアルされる。前週(3月30日)の放送分がスペシャルドラマ『, 4月13日、関東地区で視聴率が6.9%に急落し、番組最低視聴率を叩き出す。1位は光GENJIの「地球をさがして」。, 6月29日 - 上半期年間ベストテンを放送。しかし今週のベストテンを含めてもスタジオには工藤静香、荻野目洋子、中継でWinkと3組しか出演しなかった。視聴率は8.8%。, 7月6日 - 放送終了直前に黒柳徹子が、9月末をもって「ザ・ベストテン」を番組終了することを発表。終了理由としては、, 末期はランクインした歌手の出演が中継を含めて、多くても6組程度になっていた。初登場だけ出演し、その後は出演辞退を行う歌手が増えたからである。そのため時間をつなぐために出演した歌手へのインタビューを長くしたり、フルコーラスで歌唱させるなどの処置を行っていた。3位発表前の20位から11位だった発表を50位から放送したり、スポットライトの歌手が毎週出演(多いときは2組)するようになった。そのため全盛期のスピード感ある進行や番組出演者の一体感は失われた。また、ランキングボードでの楽曲紹介も、2曲以上紹介する際は1曲紹介する途中で次の順位の楽曲のボードが回転するなど、番組進行を早めるために進行速度が速くなっていた。, 8月24日 - 黒柳が欠席。渡辺が豪華に登場したいと希望したため、派手に登場。また、この回よりTBS初の, 9月7日 - 600回目であったが公開生放送は行われず、スタジオから12年間のベストテンを発表。1位は, 9月14日 - 「スポットライト」の最終回はC-C-Bが登場。解散直前でシングルメドレーだった。, 9月21日 - 第1回目の映像を画面右下で小さく再放送。主音声では通常の生放送を、副音声では第1回目の音声を放送する方式がとられた。なお、歌手が歌っている時やCM中は再放送は流されず、その部分はステレオ放送。, 9月28日 - 最終回を迎える。10組中5組がスタジオに登場、1組が中継、4組が欠席。欠席の竹内まりやからは電話があった。最終回の1位は工藤静香の「黄砂に吹かれて」。その後渡辺の「ザ・ベストテン!」のコールに合わせて、ランキングボードの全てのパネルが回転し、曲名部分に縦書きで「, 10月5日 - 『さよならザ・ベストテン』を放送。歴代の司会者・登場歌手などが昔の映像を見返す。番組途中からは, 1980年6月12日、スタジオの出演歌手に地方各地の視聴者が中継先から質問を受け付けるコーナーで、シャネルズ(後の, 1982年の豪華版で、スタッフの手違いで本来はスタジオの最上部に吊るされるはずの1位のくす玉が誤ってスタジオの下部に落ちてしまった。この週の1位歌手・中森明菜はくす玉を割って紙テープ・紙ふぶきをかぶるためにわざわざしゃがみこみくす玉に顔を突っ込んだらしく(このとき、くす玉は画面正面ではなく横向きであった)、翌年の年末豪華版でゲストコメンテーターをしていたビートたけしは「女, 1985年10月17日、「ザ・ベストテンin静岡」において、2位で登場したとんねるずに対して客席は総立ちに。とんねるずは客席から, C-C-Bは解散の際に、ベストテンの「スポットライト」に出演し解散についてのコメント及びヒットメドレーを披露しているが、1994年3月29日の同窓会IIで登場した時の黒柳の第一声は「解散した事知らなかったの〜」。, 先述のとおり、1位の歌手がスタジオに出演した場合には天井からくす玉が下ろされ、当初は司会者が、後期は1位の歌手が紐を引っ張ってくす玉を割り、大量の紙テープ・紙吹雪・風船が舞う中祝福した。, くす玉の紙テープや外観は基本的には金色一色が多く、グループでの場合はその人数分のくす玉が用意されたこともあった。光GENJIや少年隊といった, 少年隊が「仮面舞踏会」で1位に輝いた時はくす玉の外観が銀色、紙テープは五色のメタリックテープを使ったり、, 1978年11月16日の放送では「季節の中で」で1位を獲得した松山千春が初めて番組に中継で出演し、歌う前にテレビに出演しない理由を語った後、「テレビで歌うのはこれが最初で最後」と言い、生ギターで歌を熱唱した。しかし3年後の1981年に「長い夜」がランクインし、コンサートビデオ映像を流す形で再び出演している(スタジオ出演、生中継は無し)。松山の1位獲得曲はこの2曲のみだが、「ルビーの指環」の12週・「銃爪」の10週という連続1位記録のNo.1・No.2を止めたのは、いずれも松山である。, 1981年6月18日、寺尾聰の「ルビーの指環」が11週連続1位新記録を記念して、前出の赤いソファー・タバコに加えて、出演者のお祝いの言葉を吹き込んだゴールドディスクがその場で制作されプレゼントされた。この時は通常の1位ファンファーレは使わず、特別なファンファーレを演奏し、またミラーゲートの入場口には「新記録11」と書かれた特別門が掲げられ、寺尾はその門から, 1988年2月、光GENJIの『ガラスの十代』が連続1位新記録を獲得するかどうかに注目が集まるムードとなっていたが、8週で止まり、翌9週目は中森明菜の『, 1978年、平均視聴率23.3%、最高視聴率30.6% (11月16日)、最低視聴率16.8% (1月19日), 1979年、平均視聴率28.0%、最高視聴率35.8% (3月15日)、最低視聴率23.3% (6月28日), 1980年、平均視聴率29.1%、最高視聴率36.3% (3月27日)、最低視聴率19.6% (10月16日), 1981年、平均視聴率33.6%、最高視聴率41.9% (9月17日)、最低視聴率27.9% (8月13日), 1982年、平均視聴率28.0%、最高視聴率36.5% (1月21日)、最低視聴率15.6% (9月30日), 1983年、平均視聴率28.2%、最高視聴率39.7% (12月29日)、最低視聴率19.6% (9月15日), 1984年、平均視聴率25.0%、最高視聴率34.4% (12月27日)、最低視聴率16.7% (4月12日), 1985年、平均視聴率21.7%、最高視聴率31.9% (3月14日)、最低視聴率13.9% (8月15日), 1986年、平均視聴率20.7%、最高視聴率28.4% (12月25日)、最低視聴率15.3% (9月25日), 1987年、平均視聴率20.7%、最高視聴率26.7% (12月24日)、最低視聴率14.5% (1月8日), 1988年、平均視聴率17.4%、最高視聴率26.0% (3月17日)、最低視聴率8.6% (11月17日), 1989年、平均視聴率11.1%、最高視聴率18.6% (1月5日)、最低視聴率6.9% (4月13日), 1989年秋の放送終了後しばらくは、末期に提供していたスポンサーが夜10時枠に移行し、音楽番組『, 2000年から2004年までは、12月30日に復刻版スペシャルを放送。ゲストがベストテン放映年の1978年 - 1989年および最近のヒット曲を歌うほか、ベストテンにまつわる秘密を検証する企画などで構成。司会は黒柳徹子と, 2009年3月11日に、『特バン!久米宏のテレビってヤツばっかり!